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資料館・施設

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太宰治疎開の家(旧津島家新座敷)
2009/10/19 18:55 [ 55142アクセス ]
 今まで目にすることができなかったため、太宰ファンにとっては、訪ねて見たいあこがれの場所です。 大正11年、太宰の兄・文治夫婦の新居として建てられた津島家の離れ。斜陽館と同じ和洋折衷の重厚な建物です。 現在地へ曳き家移転し津島家が手放したあとは2度所有者が変わり、現在の所有者が平成18年秋から「太宰治疎開の家」として一般公開を始めました。 疎開...詳細を見る!
斜陽館
2009/10/19 18:41 [ 41001アクセス ]
 2階の廊下から真正面に見える夕日が情緒的でとても美しい。同時に、外観もレンガが夕日を浴びオレンジ色に輝きます。シャッターチャンスです。 太宰が生まれる2年前の明治40年(1907)、父・津島源右衛門によって建てられた豪邸。和洋折衷・入母屋造りの建物は、米蔵にいたるまで青森ひばが使用され、どっしりした重厚感が特徴となっています。 国の重要文化財建造...詳細を見る!
小説「津軽」の像記念館
2009/10/20 8:48 [ 25357アクセス ]
 太宰と子守のタケが数十年振りの再開をした場所で「津軽」のラストシーンを具象化した像が建てられています。その他、タケが思い出を語る映像や資料の展示。 小説「津軽」の像に隣接する記念館。 館内には、小説「津軽」の誕生から、小説「津軽」のたどった足跡、越野タケと太宰治の年譜、写真、思い出の品をパネルなどで解説。映像音声コーナーとして、太宰の...詳細を見る!
龍飛岬観光案内所(旧奥谷旅館)
2009/10/20 9:44 [ 19043アクセス ]
 太宰治が宿泊した部屋に入れます。童女の歌声が聞こえてくるかもしれません。その他、宿帳には、太宰治(中村筆?)や中村貞次郎の宿帳や棟方志功も直筆で記帳も見れます。 太宰治が「津軽」執筆の折、親友N(中村貞次郎)君と泊まった宿。 持ち主である奥谷福太郎氏と隣接する土地の人達により外ヶ浜町へ無償譲渡され、平成20年4月「龍飛岬観光案内所」として生ま...詳細を見る!
太宰治まなびの家(旧藤田家住宅)
2009/10/20 9:59 [ 17856アクセス ]
 官立弘前高校時代に、太宰は一年間義太夫を習っています。「壁に三味線がかけてあった」どこにかけていたのか。また百面相写真の撮影場所も気になります。 太宰治が官立弘前高等学校在学期間中の昭和2年4月から5年3月まで下宿していた旧藤田家住宅。2階奧の太宰の部屋は、押入、縁側、出窓が付いた6畳間。太宰が実際に使用した机や茶だんすなどが当時のままの状...詳細を見る!
旧秋田屋旅館(太宰の宿 ふかうら文学館)
2009/10/20 10:12 [ 15491アクセス ]
 太宰治がかつて宿泊し、小説「津軽」にも登場した旧秋田屋旅館を改装した文学館です。2階には実際に宿泊した部屋を当時のままに再現し、当時の料理を推測で再現されています。 深浦町にあった秋田屋旅館に、太宰は2回宿泊しています。 1度目は「津軽」執筆時。旅館の主人が兄・英治と中学校の同期生で、鮑のはらわたの塩辛をごちそうになり、自分の兄たちの勢力...詳細を見る!
2010/6/1 13:54 [ 13777アクセス ]
 太宰が「生みの母よりも、この叔母を慕っていた」という、叔母きゑの家があった場所は、現在津島歯科医院になり、隣にあった蔵は、太宰が訪ねた当時の外観を残していました。 現在の蔵は、平成23年の解体され、平成26年8月に再築されたものです。詳細を見る!
青森県近代文学館
2009/10/20 9:25 [ 11526アクセス ]
 東北自動車道青森中央I.Cから車で約3分。青森県内の文学情報を取得後、じっくり青森県文学散歩を楽しんではいかがでしょうか。太宰のエヴァーシャープの万年筆は必見。 青森県を代表する13人の作家を中心に、写真や自筆原稿など文学資料を展示。 人気作家・太宰治のコーナーには、旧制弘前高校時代のお茶目な写真や、「人間失格」第二の手記の草稿、「お伽草紙」...詳細を見る!

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