• 日本語
  • English
  • 韓国語
  • 中文

地域

101 件

上のカテゴリへ全体地図で見る
青森市 (6)
弘前市 (5)
大鰐町 (1)
深浦町 (3)
並び替え|観光スポット名|人気度

21 - 40 件目 ( 101 件中)    1 2 3 4 5 6


仁太坊生誕150周年記念碑
2010/6/1 12:01 [ 8443アクセス ]
 2007年7月に、津軽三味線の始祖仁太坊(にたぼう)の生誕150年を記し、弘前市の津軽三味線研究家大條和雄さんが発案し神原地区の住民で組織した実行委員会(三上正代表)、全日本津軽三味線友の会東京支部(斉藤重雄支部長)などが協力して建立されました。 仁太坊(本名秋元仁太郎)は1857年7月7日、同市金木町神原生まれ。病で失明した後に三味線の門付け...詳細を見る!
2010/6/1 11:53 [ 4921アクセス ]
十二本ヤスから更に進むと7段の岩場を落ちてくる滝が七ツ滝です。周りはヒバやブナが原生し、春はヤマザクラ、秋は紅葉が楽しめる絶景の場所です。詳細を見る!
2010/6/1 11:31 [ 4614アクセス ]
桜の名所として有名な県立芦野公園の湖畔にあります。芦野湖岸や吊り橋、浮き橋が情緒を醸し出しています。 近隣には、太宰治記念館「斜陽館」と津軽三味線会館などがあり、ぜひ見ておきたいところです。詳細を見る!
かなぎ元気村「かだるべぇ」
2010/5/11 14:15 [ 7809アクセス ]
 かなぎ元気村「かだるべぇ」とは、太宰治の津島家にゆかりのある傍島家の古民家をさまざまな分野の活動の場とし、次世代への伝統文化の伝承を目的とした施設です。平成21年度は、かなぎ里山大学校伝承スクールとして、環境と調和・共生してきた日本古来の里山文化、そして現代では触れることの少なくなった人の手によって受け継がれていく“ものづくり”の精神...詳細を見る!
八幡宮
2009/11/9 15:30 [ 7895アクセス ]
 金木八幡宮は社殿の南北に鳥居がある珍しい神社です。もともとは南の鳥居だけだったそうですが、昔、藩の巡検でどうしても北から入ることになり、北の鳥居が建てられたそうです。 八幡宮の現在の社殿は、明治38年(1905)の大火で焼失し、3年後に復興。拝殿は、平成20(2008)で築100年を迎えました。本殿は津島家と同じ堀江組の作。 境内に寺子屋があり、祖母の指示で、太...詳細を見る!
吉幾三コレクション
2009/10/20 10:24 [ 20023アクセス ]
 吉幾三氏の実際に着用した衣装を着て、写真をとることが出来ます。 五所川原市金木町出身の歌手で、作詞、作曲家の吉幾三さんの記念館。 愛用の楽器をはじめ、紅白歌合戦やコンサートなどで着用した衣装の数々、趣味の書などを展示しています。また、音響装置を備えたミニステージもあり、催事やパーティなども開催。 吉幾三さんの作品を鑑賞できる喫茶「夢ド...詳細を見る!
布嘉御殿 復元
2009/10/20 10:21 [ 7150アクセス ]
 展示施設となっております古民家は約200年前の建物を秋田県大館市より移築したもので、館内に入ると、趣のある空間を感じることができるかと思います。 五所川原の「布嘉(ぬのか)」は、呉服商から大地主となり、県内はもとより東北屈指の大富豪となった佐々木嘉太郎の屋号。 明治後半に完成した邸宅は壮大なスケールから「布嘉御殿」と呼ばれたが、昭和19(1944)年...詳細を見る!
大鰐温泉 ヤマニ仙遊館
2009/10/20 10:18 [ 12635アクセス ]
 作家葛西善蔵直筆の宿帳もみつかっています。 創業は明治初期、現在の建物は明治30年に建てられたもので、大鰐温泉で最も古い旅館。 平川河畔に面した閑静な宿には、近隣に住む裕福な家から多くの湯治客がやってきたそうで、金木の津島家(太宰の生家)も訪れた宿です。 官立弘前高校時代、1回目のカルモチン自殺をはかった太宰が、母と共に静養のために過ごし...詳細を見る!
円覚寺
2009/10/20 10:15 [ 8451アクセス ]
 国の重要文化財に指定されている薬師堂内厨子や船絵馬が奉納されています。また、船乗りたちが助かったお礼のために結っていたちょんまげを絵馬として奉納したものが公開されています。 深浦町にある円覚寺は、大同二丁亥年(807)、征夷大将軍坂上田村麻呂が蝦夷東征の時に、厩戸皇子作の十一面観世音菩薩を安置し、観音堂を建立したのがはじまりと伝えられています...詳細を見る!
旧秋田屋旅館(太宰の宿 ふかうら文学館)
2009/10/20 10:12 [ 12217アクセス ]
 太宰治がかつて宿泊し、小説「津軽」にも登場した旧秋田屋旅館を改装した文学館です。2階には実際に宿泊した部屋を当時のままに再現し、当時の料理を推測で再現されています。 深浦町にあった秋田屋旅館に、太宰は2回宿泊しています。 1度目は「津軽」執筆時。旅館の主人が兄・英治と中学校の同期生で、鮑のはらわたの塩辛をごちそうになり、自分の兄たちの勢力...詳細を見る!
弘前公園本丸岩木山ビューポイント
2009/10/20 10:08 [ 9022アクセス ]
 春には約50種、2,600本の桜が咲き誇る名所として知られている。日本のさくら名所100選に選定されている。周辺には津軽藩ねぷた村、弘前市立郷土文学館などがある。 太宰が弘前高等学校時代、ひとりで弘前城を訪れ、岩木山を眺めた場所。小説「津軽」で、脚下に広がる弘前を夢の町と表現しています。 「ふと脚下に、夢の町がひっそりと展開しているのに気がつき、ぞ...詳細を見る!
弘前市立郷土文学館
2009/10/20 10:05 [ 11359アクセス ]
 太宰治の随想「田舎者」に登場する、作家今官一は太宰治と同じ明治42年生れ。金木は、見栄坊の町であるかもしれないが、弘前は城下町。歴史文学散策はいかがですか。 追手門広場・弘前市立図書館の一角にあり、1階の展示室では、太宰治や今官一、陸羯南など、郷土出身の作家と弘前にゆかりのある作家を紹介しているほか、企画展や津軽方言詩の朗読を映像で楽し...詳細を見る!
弘前大学
2009/10/20 10:02 [ 11018アクセス ]
 弘前大学と太宰治といえば、所属していた弘前高校新聞部や名簿碑・文学碑を想像しますが、実は付属図書館の太宰治研究文庫蔵書が魅力です。 旧官立弘前高等学校、太宰治は7回卒。 平成元年(1989)夏、創立70周年記念祭が開かれ、弘高生青春之像を建立。 旧制弘前高校卒業生名簿碑には、太宰の本名「津島修治」の名が刻まれています。 名水百選のひとつ「富田の清...詳細を見る!
太宰治まなびの家(旧藤田家住宅)
2009/10/20 9:59 [ 14321アクセス ]
 官立弘前高校時代に、太宰は一年間義太夫を習っています。「壁に三味線がかけてあった」どこにかけていたのか。また百面相写真の撮影場所も気になります。 太宰治が官立弘前高等学校在学期間中の昭和2年4月から5年3月まで下宿していた旧藤田家住宅。2階奧の太宰の部屋は、押入、縁側、出窓が付いた6畳間。太宰が実際に使用した机や茶だんすなどが当時のままの状...詳細を見る!
土手の珈琲屋 万茶ン
2009/10/20 9:56 [ 13037アクセス ]
 弘前市のメインストリート・土手町から少し入った、かくみ小路にある「土手の珈琲屋 万茶ン」。 昭和4年(1929)に創業した喫茶店で、官立弘前高校時代の太宰が通ったほか、画家・阿部合成、小説家・石坂洋次郎らも足を運んだといわれています。 太宰が通った頃のレシピを再現した「昭和の珈琲」太宰ブレンドを飲むことができ、店内には弘前高校生が作ったという大...詳細を見る!
階段国道
2009/10/20 9:51 [ 10701アクセス ]
 津軽半島の最北端、竜飛岬が国道339号線の果て、一般住宅の軒下から362段の階段があり、これが国道? でも登りきった竜飛崎から見る眺めは格別です。ただし、強風に注意して下さい。 国道339号線、全国で唯一の歩行者専用階段国道。 国道に認定されたのは昭和49年(1974)、階段の入口には国道の標識がしっかりと立っています。 龍飛バス停と龍飛崎灯台を結ぶ361段の階...詳細を見る!
龍飛漁港太宰治文学碑
2009/10/20 9:47 [ 12049アクセス ]
 「太宰治文学碑」、「津軽海峡冬景色歌謡碑」や「吉田松陰碑」などの多くの文人・異人碑が近くにあります。天気がいい日は北海道が見れます。 昭和50年10月9日、龍飛漁港に建立された太宰治の文学碑。 碑文には小説「津軽」から「ここは、本州の袋小路だ。読者も銘肌せよ。諸君が北に向って歩いている時、その路をどこまでも、さかのぼり、さかのぼり行けば、必ず...詳細を見る!
龍飛岬観光案内所(旧奥谷旅館)
2009/10/20 9:44 [ 15197アクセス ]
 太宰治が宿泊した部屋に入れます。童女の歌声が聞こえてくるかもしれません。その他、宿帳には、太宰治(中村筆?)や中村貞次郎の宿帳や棟方志功も直筆で記帳も見れます。 太宰治が「津軽」執筆の折、親友N(中村貞次郎)君と泊まった宿。 持ち主である奥谷福太郎氏と隣接する土地の人達により外ヶ浜町へ無償譲渡され、平成20年4月「龍飛岬観光案内所」として生ま...詳細を見る!
義経寺
2009/10/20 9:41 [ 11290アクセス ]
 「義経が海路の平安を祈って建てられた寺」という伝説が残る寺です。 小説「津軽」の中で、太宰とN君が石の階段を上って訪れた義経寺は、源義経の伝説が残る寺。 義経主従は平泉から逃れ三厩に至り北海道へ渡る際、海の荒れを鎮めるため、岩頭で三日三晩観音様に祈願したところ白髪の翁が現れ 3 頭の竜馬を与えると告げます。観音様を厩石に安置し、馬に乗って無...詳細を見る!
蟹田観瀾山太宰治文学碑
2009/10/20 9:38 [ 21416アクセス ]
 太宰治が「津軽」執筆時にN君たちと登った小山で蟹田町、漁港、陸奥湾がすべて見渡せる場所。下北半島の仏ヶ浦も見ることができます。 太宰が「津輕」執筆時にN君たちと登った小山が観瀾山。 展望所からは、蟹田の町や漁港のほか、陸奥湾が見渡せ、晴れた日には対岸の下北半島の仏ヶ浦も見ることができます。 観瀾山公園の中に建立されている文学碑には「か...詳細を見る!

21 - 40 件目 ( 101 件中)    1 2 3 4 5 6


Myルートガイド
 
facebook公式ページヘ
奥津軽を楽しむ
津軽の味
津軽を体験
おすすめ観光ルート
年間イベント案内
近日開催イベント
  • 予定なし
イベント情報へ