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トップ > 太宰Web文庫 > 座興に非ず
座興に非ず (p2/3)
 おのれの行く末を思い、ぞっとして、いても立っても居られぬ思いの宵は、その本郷のアパアトから、ステッキずるずるひきずりながら上野公園まで歩いてみる。九月もなかば過ぎた頃のことである。私の白地の浴衣《ゆかた》も、すでに季節はずれの感があって、夕闇の中にわれながら恐しく白く目立つような気がして、いよいよ悲しく、生きているのがいやになる。不忍《しのばず》の池を拭って吹いて来る風は、なまぬるく、どぶ臭く、池の蓮《はす》も、伸び切ったままで腐り、むざんの醜骸をとどめ、ぞろぞろ通る夕涼みの人も間抜け顔して、疲労|困憊《こんぱい》の色が深くて、世界の終りを思わせた。
 上野の駅まで来てしまった。無数の黒色の旅客が、この東洋一とやらの大停車場に、うようよ、蠢動《しゅんどう》していた。すべて廃残の身の上である。私には、そう思われて仕方がない。ここは東北農村の魔の門であると言われている。ここをくぐり、都会へ出て、めちゃめちゃに敗れて、再びここをくぐり、虫食われた肉体一つ持って、襤褸《ぼろ》まとってふるさとへ帰る。それにきまっている。私は待合室のベンチに腰をおろして、にやりと笑う。それだから言わないこっちゃ無い。東京へ来ても、だめだと、あれほど忠告したじゃないか。娘も、親爺《おやじ》も、青年も、全く生気を失って、ぼんやりベンチに腰をおろして、鈍く開いた濁った眼で、一たいどこを見ているのか。宙の幻花を追っている。走馬燈のように、色々の顔が、色々の失敗の歴史絵巻が、宙に展開しているのであろう。
 私は立って、待合室から逃げる。改札口のほうへ歩く。七時五分着、急行列車がいまプラットホームにはいったばかりのところで、黒色の蟻《あり》が、押し合い、へし合い、あるいはころころころげ込むように、改札口めがけて殺到する。手にトランク。バスケットも、ちらほら見える。ああ、信玄袋《しんげんぶくろ》というものもこの世にまだ在った。故郷を追われて来たというのか。
 青年たちは、なかなかおしゃれである。そうして例外なく緊張にわくわくしている。可哀想だ。無智だ。親爺と喧嘩《けんか》して飛び出して来たのだろう。ばかめ。
 私は、ひとりの青年に目をつけた。映画で覚えたのか煙草《たばこ》の吸いかたが、なかなか気取っている。外国の役者の真似にちがいない。小型のトランク一つさげて、改札口を出ると、屹《き》っと片方の眉をあげて、あたりを見廻す。いよいよ役者の真似である。洋服も、襟《えり》が広くおそろしく派手な格子縞《こうしじま》であって、ズボンは、あくまでも長く、首から下は、すぐズボンの観がある。白麻のハンチング、赤皮の短靴、口をきゅっと引きしめて颯爽《さっそう》と歩き出した。あまりに典雅で、滑稽であった。からかってみたくなった。私は、当時退屈し切っていたのである。
「おい、おい、滝谷君。」トランクの名札に滝谷と書かれて在ったから、そう呼んだ。「ちょっと。」
 相手の顔も見ないで、私はぐんぐん先に歩いた。運命的に吸われるように、その青年は、私のあとへ従《つ》いて来た。私は、ひとの心理については多少、自信があったのである。ひとがぼっとしているときには、ただ圧倒的に命令するに限るのである。相手は、意のままである。下手に、自然を装い、理窟《りくつ》を言って相手に理解させ安心させようなどと

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