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故郷 (p4/11)
 手を伸ばせば取れるほど真近かなところに林檎は赤く光っていた。
 十一時頃、五所川原駅に着いた。中畑さんの娘さんが迎えに来ていた。中畑さんのお家は、この五所川原町に在るのだ。私たちは、その中畑さんのお家で一休みさせてもらって、妻と園子は着換え、それから金木町の生家を訪れようという計画であった。金木町というのは、五所川原から更に津軽鉄道に依《よ》って四十分、北上したところに在るのである。
 私たちは中畑さんのお家で昼食をごちそうになりながら、母の容態《ようだい》をくわしく知らされた。ほとんど危篤《きとく》の状態らしい。
「よく来て下さいました。」中畑さんは、かえって私たちにお礼を言った。「いつ来るか、いつ来るかと気が気じゃなかった。とにかく、これで私も安心しました。お母さんは、黙っていらっしゃるけど、とてもあなた達を待っているご様子でしたよ。」
 聖書に在る「蕩児《とうじ》の帰宅」を、私はチラと思い浮べた。
 昼食をすませて出発の時、
「トランクは持って行かないほうがよい、ね、そうでしょう?」と北さんは、ちょっと強い口調で私に言った。「兄さんから、まだ、ゆるしが出ているわけでもないのに、トランクなどさげて、――」
「わかりました。」
 荷物は一切、中畑さんのお家へあずけて行く事にした。病人に逢わせてもらえるかどうか、それさえまだわかっていない、という事を北さんは私に警告したのだ。
 園子のおしめ袋だけを持って、私たちは金木行の汽車に乗った。中畑さんも一緒に乗った。
 刻一刻、気持が暗鬱になった。みんないい人なのだ。誰も、わるい人はいないのだ。私ひとりが過去に於いて、ぶていさいな事を行い、いまもなお十分に聡明ではなく、悪評高く、その日暮しの貧乏な文士であるという事実のために、すべてがこのように気まずくなるのだ。
「景色のいいところですね。」妻は窓外の津軽平野を眺めながら言った。「案外、明るい土地ですね。」
「そうかね。」稲はすっかり刈り取られて、満目の稲田には冬の色が濃かった。「僕には、そうも見えないが。」
 その時の私には故郷を誇りたい気持も起らなかった。ひどく、ただ、くるしい。去年の夏は、こうではなかった。それこそ胸をおどらせて十年振りの故郷の風物を眺めたものだが。
「あれは、岩木山だ。富士山に似ているっていうので、津軽富士。」私は苦笑しながら説明していた。なんの情熱も無い。「こっちの低い山脈は、ぼんじゅ山脈というのだ。あれが馬禿山《まはげやま》だ。」実に、投げやりな、いい加減な説明だった。
 ここがわしの生れ在所《ざいしょ》、四、五丁ゆけば、などと、やや得意そうに説明して聞かせる梅川忠兵衛の新口《にのくち》村は、たいへん可憐《かれん》な芝居であるが、私の場合は、そうではなかった。忠兵衛が、やたらにプンプン怒っていた。稲田の向うに赤い

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