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トップ > 太宰Web文庫 > 親という二字
親という二字 (p3/4)
「あい。」
 と爺さんは平気で答えて、その窓口へ行く。
「竹内トキさん。四拾円。御本人ですか?」
 と局員が尋ねる。
「そうでごいせん。娘です。あい。わしの末娘でごいす。」
「なるべくなら、御本人をよこして下さい。」
 と言いながら、局員は爺さんにお金を手渡す。
 かれは、お金を受取り、それから、へへん、というように両肩をちょっと上げ、いかにもずるそうに微笑《ほほえ》んで私のところへ来て、
「御本人は、あの世へ行ったでごいす。」
 私は、それから、実にしばしばその爺さんと郵便局で顔を合せた。かれは私の顔を見ると、へんに笑って、
「旦那。」と呼び、そうして、「書いてくれや。」と言う。
「いくら?」
「四拾円。」
 いつも、きまっていた。
 そうして、その間に、ちょいちょいかれから話を聞いた。それに依《よ》ると、かれは、案にたがわず酒飲みであった。四拾円も、その日のうちにかれの酒代になるらしい。この辺にはまだ、闇の酒があちこちにあるのである。
 かれのあととりの息子は、戦地へ行ってまだ帰って来ない。長女は北津軽のこの町の桶屋《おけや》に嫁《とつ》いでいる。焼かれる前は、かれは末娘とふたりで青森に住んでいた。しかし、空襲で家は焼かれ、その二十六になる末娘は大やけどをして、医者の手当も受けたけれど、象さんが来た、象さんが来た、とうわごとを言って、息を引きとったという。
「象の夢でも見ていたのでごいしょうか。ばかな夢を見るもんでごいす。けえっ。」と言って笑ったのかと思ったら、何、泣いているのだ。
 象さんというのは、或《ある》いは、増産ではなかろうか。その竹内トキさんは、それまでずっともう永いことお役所に勤めていたのだそうだから、「増産が来た」というのが、何かお役所の特別な意味でも有る言葉で、それが口癖になっていたのではなかろうか、とも思われたが、しかし、その無筆の親の解釈にしたがって、象さんの夢を見ていたのだとするほうが、何十倍もあわれが深い。
 私は興奮し、あらぬ事を口走った。
「まったくですよ。クソ真面目《まじめ》な色男気取りの議論が国をほろぼしたんです。気の弱いはにかみ屋ばかりだったら、こんな事にまでなりやしなかったんだ。」
 われながら愚かしい意見だとは思ったが、言っているうちに、眼が熱くなって来た。
「竹内トキさん。」
 と局員が呼ぶ。

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