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トップ > 太宰Web文庫 > 黄金風景
黄金風景 (p3/4)
は、強い故郷の訛《なまり》があったので、「そうです」私はふてぶてしく答えた。「あなたは?」
 お巡りは痩せた顔にくるしいばかりにいっぱいの笑をたたえて、
「やあ。やはりそうでしたか。お忘れかもしれないけれど、かれこれ二十年ちかくまえ、私はKで馬車やをしていました」
 Kとは、私の生れた村の名前である。
「ごらんの通り」私は、にこりともせずに応じた。「私も、いまは落ちぶれました」
「とんでもない」お巡りは、なおも楽しげに笑いながら、「小説をお書きなさるんだったら、それはなかなか出世です」
 私は苦笑した。
「ところで」とお巡りは少し声をひくめ、「お慶がいつもあなたのお噂《うわさ》をしています」
「おけい?」すぐには呑《の》みこめなかった。
「お慶ですよ。お忘れでしょう。お宅の女中をしていた――」
 思い出した。ああ、と思わずうめいて、私は玄関の式台にしゃがんだまま、頭をたれて、その二十年まえ、のろくさかったひとりの女中に対しての私の悪行が、ひとつひとつ、はっきり思い出され、ほとんど座に耐えかねた。
「幸福ですか?」ふと顔をあげてそんな突拍子ない質問を発する私のかおは、たしかに罪人、被告、卑屈な笑いをさえ浮べていたと記憶する。
「ええ、もう、どうやら」くったくなく、そうほがらかに答えて、お巡りはハンケチで額の汗をぬぐって、「かまいませんでしょうか。こんどあれを連れて、いちどゆっくりお礼にあがりましょう」
 私は飛び上るほど、ぎょっとした。いいえ、もう、それには、とはげしく拒否して、私は言い知れぬ屈辱感に身悶《みもだ》えしていた。
 けれども、お巡りは、朗かだった。
「子供がねえ、あなた、ここの駅につとめるようになりましてな、それが長男です。それから男、女、女、その末のが八つでことし小学校にあがりました。もう一安心。お慶も苦労いたしました。なんというか、まあ、お宅のような大家にあがって行儀見習いした者は、やはりどこか、ちがいましてな」すこし顔を赤くして笑い、「おかげさまでした。お慶も、あなたのお噂、しじゅうして居《お》ります。こんどの公休には、きっと一緒にお礼にあがります」急に真面目《まじめ》な顔になって、「それじゃ、きょうは失礼いたします。お大事に」
 それから、三日たって、私が仕事のことよりも、金銭のことで思い悩み、うちにじっとして居れなくて、竹のステッキ持って、海へ出ようと、玄関の戸をがらがらあけたら、外に三人、浴衣《ゆかた》着た父と母と、赤い洋服着た女の子と、絵のように美しく並んで立っていた。お慶の家族である。

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