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ろまん燈籠 (p3/31)
指摘し、大声|叱咤《しった》、説明に努力したが、徒労であった。弟妹たちは、どうだか、と首をかしげて、にやにや笑っているだけで、一向に興奮の色を示さぬ。いったいに弟妹たちは、この兄を甘く見ている。なめている風《ふう》がある。
 長女は、二十六歳。いまだ嫁《とつ》がず、鉄道省に通勤している。フランス語が、かなりよく出来た。背丈が、五尺三寸あった。すごく、痩《や》せている。弟妹たちに、馬、と呼ばれる事がある。髪を短く切って、ロイド眼鏡をかけている。心が派手で、誰とでもすぐ友達になり、一生懸命に奉仕して、捨てられる。それが、趣味である。憂愁、寂寥《せきりょう》の感を、ひそかに楽しむのである。けれどもいちど、同じ課に勤務している若い官吏に夢中になり、そうして、やはり捨てられた時には、その時だけは、流石《さすが》に、しんからげっそりして、間《ま》の悪さもあり、肺が悪くなったと嘘をついて、一週間も寝て、それから頸《くび》に繃帯《ほうたい》を巻いて、やたらに咳《せき》をしながら、お医者に見せに行ったら、レントゲンで精細にしらべられ、稀に見る頑強の肺臓であるといって医者にほめられた。文学鑑賞は、本格的であった。実によく読む。洋の東西を問わない。ちから余って自分でも何やら、こっそり書いている。それは本箱の右の引き出しに隠して在る。逝去《せいきょ》二年後に発表のこと、と書き認《したた》められた紙片が、その蓄積された作品の上に、きちんと載せられているのである。二年後が、十年後と書き改められたり、二ヶ月後と書き直されたり、ときには、百年後、となっていたりするのである。
 次男は、二十四歳。これは、俗物であった。帝大の医学部に在籍。けれども、あまり学校へは行かなかった。からだが弱いのである。これは、ほんものの病人である。おどろくほど、美しい顔をしていた。吝嗇《りんしょく》である。長兄が、ひとにだまされて、モンテエニュの使ったラケットと称する、へんてつもない古いラケットを五十円に値切って買って来て、得々《とくとく》としていた時など、次男は、陰でひとり、余りの痛憤に、大熱を発した。その熱のために、とうとう腎臓をわるくした。ひとを、どんなひとをも、蔑視したがる傾向が在る。ひとが何かいうと、けッという奇怪な、からす天狗《てんぐ》の笑い声に似た不愉快きわまる笑い声を発するのである。ゲエテ一点張りである。これとても、ゲエテの素朴な詩精神に敬服しているのではなく、ゲエテの高位高官に傾倒しているらしい、ふしが、無いでもない。あやしいものである。けれども、兄妹みんなで、即興の詩など競作する場合には、いつでも一ばんである。出来ている。俗物だけに、謂《い》わば情熱の客観的把握が、はっきりしている。自身その気で精進すれば、あるいは二流の作家くらいには、なれるかも知れない。この家の、足のわるい十七の女中に、死ぬほど好かれている。
 次女は、二十一歳。ナルシッサスである。ある新聞社が、ミス・日本を募《つの》っていた時、あの時には、よほど自己推薦しようかと、三夜|身悶《みもだ》えした。大声あげて、わめき散らしたかった。けれども、三夜の身悶えの果、自分の身長が足りない事に気がつき、断念した。兄妹のうちで、ひとり目立って小さかった。四尺七寸である。けれども、決して、みっともないものではなかった。なかなかである。深夜、裸形で鏡に向い、にっと可愛く微笑してみたり、ふっくらした白い両足を、ヘチマコロンで洗って、その指先にそっと

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