律子と貞子 (p3/6) には日も暮れかけていた。寒い。外套《がいとう》の襟《えり》を立てて、姉妹の旅館にいそいだ。途中で逢ったというのである。姉妹は、呉服屋さんの店先で買い物をしていた。 「律ちゃん。」なぜだか、姉のほうに声をかけた。 「あら。」と、あたりかまわぬ大声を出して、買い物を店先に投げとばし、ころげるように走って来たのは、律ちゃんではなかった。貞ちゃんのほうであった。 律子は、ちらと振り返っただけで、買い物をまとめて、風呂敷に包み、それから番頭さんにお辞儀をして、それから澄まして三浦君のほうにやって来て、三浦君から十メートルもそれ以上も離れたところで立ち止り、ショオルをはずして、叮嚀《ていねい》にお辞儀をした。それから、少し笑って、 「節子さんは?」と言った。節子というのは、三浦君の妹の名前である。 律子にそう言われて、三浦君は、どぎまぎした。なるほど、妹も一緒に連れて来たほうが自然の形なのかも知れぬ。なんだか、みんな見抜かれてしまったような気がして、頬がほてった。 「急に思いついて、やって来たのですよ。こんど田舎の中学校につとめる事になったので、その挨拶かたがた。」しどろもどろの、まずい弁解であった。 「行《い》こ行こ。」妹の貞子は、二人を促《うなが》し、さっさと歩いて、そうして、ただもう、にこにこしている。「久し振りね、実に、久し振りね、夏にも来てくださらなかったしさ、それから、春にも来てくださらなかったしさ、そうだ、ひどいひどい、去年の夏も来なかったんだ、なあんだ、貞子が卒業してから一回も吉田へ来なかったじゃないか、ばかにしてるわ、東京で文学をやってるんだってね、すごいねえ、貞子を忘れちゃったのね、堕落しているんじゃない? 兄ちゃん! こっちを向いて、顔を見せて! そうれ、ごらん、心にやましきものがあるから、こっちを向けない、堕落してるな、さては、堕落したな、丙種になるのは当り前さ、丙種だなんて、貞子が世間に恥ずかしいわ、志願しなさいよ、可哀想に可哀想に、男と生れて兵隊さんになれないなんて、私だったら泣いて、そうして、血判を押すわ、血判を三つも四つも押してみせる、兄ちゃん! でも本当はねえ、貞子は同情してるのよ、あの、あたしの手紙読んだ? 下手だったでしょう? おや、笑ったな、ちきしょうめ、あたしの手紙を軽蔑したな、そうよ、どうせ、あたしは下手よ、おっちょこちょいの化け猫ですよ、あたしの手紙の、深いふかあい、まごころを蹂躙《じゅうりん》するような悪漢は、のろって、のろって、のろい殺してやるから、そう思え! なんて、寒くない? 吉田は、寒いでしょう? その頸巻《くびまき》、いいわね、誰に編《あ》んでもらったの? いやなひと、にやにや笑いなんかしてさ、知っていますよ、節ちゃんさ、兄ちゃんにはね、あたしと節ちゃんと二人の女性しか無いのさ、なにせ丙種だから、どこへ行ったって、もてやしませんよ、そうでしょう? それだのに、意味ありげに、にやにや笑って、いかにも他にかくれたる女性でもあるような振りして、わあい、見破られた、ごめんね、怒った? 文学をやってるんですってね? むずかしい? お母さんがね、けさね、大失敗したの
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