雌に就いて (p3/7) 好色なところをねらっているのだよ。髪は?」「日本髪は、いやだ。油くさくて、もてあます。かたちも、たいへんグロテスクだ。」 「それ見ろ。無雑作の洋髪なんかが、いいのだろう? 女優だね。むかしの帝劇専属の女優なんかがいいのだよ。」 「ちがうね。女優は、けちな名前を惜しがっているから、いやだ。」 「茶化しちゃいけない。まじめな話なんだよ。」 「そうさ。僕も遊戯だとは思っていない。愛することは、いのちがけだよ。甘いとは思わない。」 「どうも判らん。リアリズムで行こう。旅でもしてみるかね。さまざまに、女をうごかしてみると、案外はっきり判って来るかもしれない。」 「ところが、あんまりうごかない人なのだ。ねむっているような女だ。」 「君は、てれるからいけない。こうなったら、厳粛に語るよりほかに方法がないのだ。まず、その女に、君の好みの、宿屋の浴衣を着せてみようじゃないか。」 「それじゃ、いっそのこと、東京駅からやってみようか。」 「よし、よし。まず、東京駅に落ち合う約束をする。」 「その前夜に、旅に出ようとそれだけ言うと、ええ、とうなずく。午後の二時に東京駅で待っているよ、と言うと、また、ええとうなずく。それだけの約束だね。」 「待て、待て。それは、なんだい。女流作家かね?」 「いや、女流作家はだめだ。僕は女流作家には評判が悪いのだ、どうもねえ。少し生活に疲れた女画家。お金持の女の画かきがあるようじゃないか。」 「同じことさ。」 「そうかね。それじゃ、やっぱり芸者ということになるかねえ。とにかく、男におどろかなくなっている女ならいいわけだ。」 「その旅行の前にも関係があるのかね?」 「あるような、ないような。よしんば、あったとしても、記憶が夢みたいに、おぼつかない。一年に、三度より多くは逢わない。」 「旅は、どこにするか。」 「東京から、二三時間で行けるところだね。山の温泉がいい。」 「あまりはしゃぐなよ。女は、まだ東京駅にさえ来ていない。」 「そのまえの日に、うそのような約束をして、まさかと思いながら、それでもひょっとしたらというような、たよりない気持で、東京駅へ行ってみる。来ていない。それじゃ、ひとりで旅行しようと思って、それでも、最後の五分まで、待ってみる。」 「荷物は?」 「小型のトランクひとつ。二時にもう五分しかないという、危いところで、ふと、うしろを振りかえる。」 「女は笑いながら立っている。」
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