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冬の花火 (p3/22)


     第一幕

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舞台は、伝兵衛宅の茶の間。多少内福らしき地主の家の調度。奥に二階へ通ずる階段が見える。上手《かみて》は台所、下手《しもて》は玄関の気持。
幕あくと、伝兵衛と数枝、部屋の片隅《かたすみ》のストーヴにあたっている。

二人、黙っている。柱時計が三時を打つ。気まずい雰囲気。
突然、数枝が低い異様な笑声を発する。
伝兵衛、顔を挙げて数枝を見る。
数枝、何も言わず、笑いをやめて、てれかくしみたいに、ストーヴの傍の木箱から薪《まき》を取り出し、二、三本ストーヴにくべる。
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(数枝)(両手の爪を見ながら、ひとりごとのように)負けた、負けたと言うけれども、あたしは、そうじゃないと思うわ。ほろんだのよ。滅亡しちゃったのよ。日本の国の隅《すみ》から隅まで占領されて、あたしたちは、ひとり残らず捕虜《ほりょ》なのに、それをまあ、恥かしいとも思わずに、田舎《いなか》の人たちったら、馬鹿だわねえ、いままでどおりの生活がいつまでも続くとでも思っているのかしら、相変らず、よそのひとの悪口《わるくち》ばかり言いながら、寝て起きて食べて、ひとを見たら泥棒と思って、(また低く異様に笑う)まあいったい何のために生きているのでしょう。まったく、不思議だわ。
(伝兵衛)(煙草を吸い)それはまあ、どうでもいいが、お前にいま、亭主、というのか色男というのか、そんなのがあるというのは、事実だな?
(数枝)(不機嫌になり)いいじゃあないの、そんな事は。(舌打ちをする)なんにも言わなけあよかった。
(伝兵衛) お前が言わなくたって、どこからともなくおれの耳にはいって来る。
(数枝) もったいぶらなくたって、わかっているわよ。お母さんでしょう?
(伝兵衛)(軽く狼狽《ろうばい》の気味)いや。
(数枝)(小声で早口に)そうよ、それにきまっているわ。お母さんはまた、どうして勘附いたのかしら。ばかなお母さん。
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間。
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(伝兵衛) あさから聞いた。しかし、あさは、決して、何も、……。
(数枝)(それを相手にせず、急に態度をかえて)お母さんは、どこへ行ったの?
(伝兵衛) 鱈《たら》を買いに行かなくちゃならんとか言っていたが。

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