フォスフォレッスセンス (p6/6) 「お芝居ですか?」「ええ。」 私は嘘《うそ》をついた。いや、やっぱり、嘘ではない。私にとって、現実の事を言ったのだ。 「それならすぐお帰りになります。先刻、こちらの叔父さんに逢いまして、芝居に引っ張り出したけど、途中で逃げてしまったとおっしゃって、笑っておられましたから。」 女中は、私をちかしい者のように思ったらしく、笑って、どうぞと言った。 私たちは、そのひとの居間にとおされた。正面の壁に、若い男の写真が飾られていた。墓場の無い人って、哀しいわね。私はとっさに了解した。 「ご主人ですね?」 「ええ、まだ南方からお帰りになりませんの。もう七年、ご消息が無いんですって。」 そのひとに、そんなご主人があるとは、実は、私もそのときはじめて知ったのである。 「綺麗な花だなあ。」 と若い編輯者はその写真の下の机に飾られてある一束の花を見て、そう言った。 「なんて花でしょう。」 と彼にたずねられて、私はすらすらと答えた。 「Phosphorescence」
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