フォスフォレッスセンス (p4/6) 私は、答えなかった。やはり、あの湖のほとりの草原に寝ころんでいたのであるが、私は寝ころびながら涙を流した。 すると、鳥が一羽飛んで来た。その鳥は、蝙蝠《こうもり》に似ていたが、片方の翼の長さだけでも三|米《メートル》ちかく、そうして、その翼をすこしも動かさず、グライダのように音も無く私たちの上、二米くらい上を、すれすれに飛んで行って、そのとき、鴉《からす》の鳴くような声でこう言った。 「ここでは泣いてもよろしいが、あの世界では、そんなことで泣くなよ。」 私は、それ以来、人間はこの現実の世界と、それから、もうひとつの睡眠の中の夢の世界と、二つの世界に於いて生活しているものであって、この二つの生活の体験の錯雑し、混迷しているところに、謂《い》わば全人生とでもいったものがあるのではあるまいか、と考えるようになった。 「さようなら。」 と現実の世界で別れる。 夢でまた逢う。 「さっきは、叔父《おじ》が来ていて、済みませんでした。」 「もう、叔父さん、帰ったの?」 「あたしを、芝居《しばい》に連れて行くって、きかないのよ。羽左衛門《うざえもん》と梅幸《ばいこう》の襲名披露《しゅうめいひろう》で、こんどの羽左衛門は、前の羽左衛門よりも、もっと男振りがよくって、すっきりして、可愛くって、そうして、声がよくって、芸もまるで前の羽左衛門とは較べものにならないくらいうまいんですって。」 「そうだってね。僕は白状するけれども、前の羽左衛門が大好きでね、あのひとが死んで、もう、歌舞伎《かぶき》を見る気もしなくなった程《ほど》なのだ。けれども、あれよりも、もっと美しい羽左衛門が出たとなりゃ、僕だって、見に行きたいが、あなたはどうして行かなかったの?」 「ジイプが来たの。」 「ジイプが?」 「あたし、花束を戴《いただ》いたの。」 「百合《ゆり》でしょう。」 「いいえ。」 そうして私のわからない、フォスフォなんとかいう長ったらしいむずかしい花の名を言った。私は、自分の語学の貧しさを恥かしく思った。 「アメリカにも、招魂祭があるのかしら。」 とそのひとが言った。 「招魂祭の花なの?」 そのひとは、それに答えず、
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