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トップ > 太宰Web文庫 > HUMAN LOST
HUMAN LOST (p3/14)
というこのなぐさめを信じよう。僕は、きょうから涙、一滴、見せないつもりだ。ここに七夜あそんだならば、少しは人が変ります。豚箱などは、のどかであった。越中富山の万金丹《まんきんたん》でも、熊の胃でも、三光丸でも五光丸でも、ぐっと奥歯に噛みしめて苦《にが》いが男、微笑、うたを唄えよ。私の私のスウィートピイちゃん。
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あら、
あたし、
いけない
女?
                ほらふきだとさ、
                わかっているわよ。
《にじ》よりも、
それから、
しんきろうよりも、きれいなんだけれど。

いけない?
[#ここで字下げ終わり]

 一週間、私は誰とも逢っていません。面会、禁じられて、私は、投げられた様に寝ているが、けれども、これは熱のせいで、いじめられたからではない。みんな私を好いている。Iさん、一生にいちどのたのみだ、はいって呉れ、と手をつかぬばかりにたのんで下さって、ありがとう。私は、どうしてこんなに、情が深くなったのだろう。Kでも、Yでも、Hさんでも、Dはうろうろ、Yのばか、善四郎ののろま、Y子さん。逢いたくて、逢いたくて、のたうちまわっているんだよ。先生夫婦と、Kさん夫婦と、Fさん夫婦、無理矢理つれて、浅虫へ行こうか、われは軍師さ、途中の山々の景色眺めて、おれは、なんにも要らない。
 乃公《だいこう》いでずんば、蒼生《そうせい》をいかんせむ、さ。三十八度の熱を、きみ、たのむ、あざむけ。プウシュキンは三十六で死んでも、オネエギンをのこした。不能の文字なし、とナポレオンの歯ぎしり。
 けれども仕事は、神聖の机で行え。そうして、花を、立ちはだかって、きっぱりと要求しよう。
 立て。権威の表現に努めよ。おれは、いま、目の見えなくなるまで、おまえを愛している。

 「日没の唄。」

《せみ》は、やがて死ぬる午後に気づいた。ああ、私たち、もっと仕合せになってよかったのだ。もっと遊んで、かまわなかったのだ。いと、せめて、われに許せよ、花の中のねむりだけでも。
ああ、花をかえせ! (私は、目が見えなくなるまでおまえを愛した。)ミルクを、草原を、雲、――(とっぷり暮れても嘆くまい。私は、――なくした。)


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