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火の鳥 (p6/33)
め、父とふたり、父の実家に寄宿して、毎朝一緒に登校してゐたのであるが、それでは教育者として、ていさいが悪いのではないか、と父の実家のものが言ひ出し、弱気の父は、それもさうだ、と一も二もなく賛成して、さちよは、その女学校の寮にいれられた。母は、ひとり山の中の家に残つて、くらしてゐた。女学生たちに、さちよの父は、ウリといふ名で呼ばれて、あまり尊敬されては、ゐなかつた。さちよは、おナスと呼ばれてゐた。ウリの蔓になつたナスビといふわけであつた。事実、さちよは、色が黒かつた。自分でも、ひどくぶ器量だと信じてゐた。私は醜いから、心がけだけでも、よくしなければならない、と一生懸命、努力してゐた。いつも、組長であつた。図画を除いては、すべて九十点以上であつた。図画は、六十点、ときたま七十三点なぞといふこともあつた。気弱な父の採点である。
 さちよが、四年生の秋、父はさちよのコスモスの写生に、めづらしく「優」をくれた。さちよは、不思議であつた。木炭紙を裏返してみると、父の字で、女はやさしくあれ、人間は弱いものをいぢめてはいけません、と小さく隅に書かれてゐた。はつ、と思つた。
 さうして、父は、消えるやうにゐなくなつた。画の勉強に、東京へ逃げて行つた、とも言はれ、母との間に何かあつた、いや、実家と母との間に何かあつた、いや、先生には女ができたのだ、その他さまざまの噂が、さちよの耳にひそひそはひつた。間もなく、母が、自殺した。父の猟銃でのど笛《ぶえ》を射つて、即死した。傷口が、石榴《ざくろ》のやうにわれてゐた。
 さちよは、ひとり残つた。父の実家が、さちよの一身と財産の保護を、引き受けた。女学校の寮から出て、また父の実家に舞ひもどつて、とたんに、さちよは豹変してゐた。
 十七歳のみが持つ不思議である。
 学校からのかへりみち、ふらと停車場に立寄り、上野までの切符を買ひ、水兵服のままで、汽車に乗つた。東京は、さちよを待ちかまへてゐた。さちよを迎へいれるやいなや、せせら笑つてもみくちやにした。投げ捨てられた鼻紙のやうに、さちよは転々して疲れていつた。二年は、生きた。へとへとだつた。討死《うちじに》と覚悟きめて、母のたつた一つの形見の古い古い半襟を恥づかしげもなく掛けて店に出るほど、そんなにも、せつぱつまつて、そこへ須々木乙彦が、あらはれた。
 はじめ、ゆらゆら眼ざめたときには、誰か男の腕にしつかり抱きかかへられてゐたやうに、思はれる。その男の腕に力一ぱいしがみついて、わあ、わあ、声をはりあげて泣いたやうな、気がする。男も一緒に、たしかに、歔欷の声をもらしてゐた。「あなただけでも、強く生きるのだぞ。」さう言つた。誰か、はつきりしない。まさか、父ではなからう。浅草でわかれた、あの青年ではなかつたかしら。とにかく、霧中の記憶にすぎない。はつきり覚醒して、みると、病院の中である。「あなただけでも、強く生きるのだぞ。」その声が、ふと耳によみがへつて来て、ああ、あの人は死んだのだ、と冷くひとり首肯した。おのれの生涯の不幸が、相かはらず鉄のやうにぶあいそに膠着してゐる状態を目撃して、あたしは、いつも、かうなんだ、と自分ながら気味悪いほどに落ちついた。
 ドアの外で正服の警官がふたり見張りしてゐることをやがて知つた。どうするつもりだら

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