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トップ > 太宰Web文庫 > 二十世紀旗手
二十世紀旗手 (p6/12)
洋間のソファに埋まり、つまらなそうに雑誌読んでいたゆえ、同じように、かくれんぼつまらない思いの私、かくれなければならぬ番の当の私、ところもあろうに、あなたのソファのかげにかくれた。いいよう、と遠く弟の声して、あなたは雑誌もったまま立っていって捜しに出かけた。知っている? わすれているだろうな。すぐに、みんな捜し出されて、ぞろぞろ西洋間へひきあげて、「おさむさんは、まだだよ。」
「いいえ。そのソファのかげにいます。」
 私はソファのかげからあらわれた。あなたは、知っている? 冷くつぶやいた。「だって、あたしは鬼だもの。」
 二十年、私は鬼を忘れない。先日、浅田夫人恋の三段飛という見出しの新聞記事を読みました。あなたは、二科の新人。有田教授の、――いや、いうまい。思えば、あのころ、十六歳の夏から、あなたの眉間《みけん》に、きょうの不幸を予言する不吉の皺《しわ》がございました。「お金持ちの人ほど、お金にあこがれるのね。お金かせいでこさえたことがないから、お金、とうとく、こわいのね。」あなたのお言葉、わすれていませぬ。公言ゆるせ。萱野さん、あなたは私の兄に恋していました。
 先夜、あの新聞の記事読んで、あなたの淋しさ思って三時間ほど、ひとりで蚊帳《かや》の中で泣いたものだ。一策なし、一計なし、純粋に、君のくるしみに、涙ながした。一銭の報酬いらぬ。その晩、あなたに、強くなってもらいたく、あなたの純潔信じて居るものの在ることお知らせしたく、あなたに自信もって生きてもらいたくて、ただ、それだけの理由で、おたよりしようと、インク瓶のキルクのくち抜いて、つまずいた。福田|蘭童《らんどう》、あの人、こんな手紙、女のひとへ幾枚も、幾枚も、書いたのだ。寸分《すんぶん》ちがわぬ愛の手紙を。

     五唱 嘘つきと言われるほどの律儀者《りちぎもの》

 まちを歩けば、あれ嘘つきが来た。夕焼あかき雁の腹雲、両手、着物のやつくちに不精者らしくつっこみ、おのおの固き乳房をそっとおさえて、土蔵の白壁によりかかって立ちならんで居る一群の、それも十四、五、六の娘たち、たがいに目まぜ、こっくり首肯《うなず》き、くすぐったげに首筋ちぢめて、くつくつ笑う、その笑われるほどの嘘つき、この世の正直者ときわまった。今朝、ふるさとの新聞にて、なんとか家なる料亭、けしからぬ宿を兼ねて、それも歌舞伎のすっぽん真似《まね》てボタンひとつ押せば、電気仕掛け、するすると大型ベッド出現の由、読みながら噴き出した。あきらかに善人、女将あるいはギャング映画の影響うけて、やがて、わが悪の華、ひそかに実現はかったのではないのか、そんな大型の証拠、つきつけられては、ばからしきくらいに絶体絶命、一言も弁解できないじゃないか、ばかだなあ、田舎の悪人は、愛嬌《あいきょう》あって、たのもしいね。まこと本場の悪人は、不思議や、生き神、生き仏、良心あって、しっかりもの。しかも裏の事実は一人の例外なしに、堂々、不正の天才、おしゃかさんでさえ、これら大人物に対しては旗色わるく、縁《えん》なき衆生《しゅじょう》と陰口きいた。

     六唱 ワンと言えなら、ワンと言います


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