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トップ > 太宰Web文庫 > 二十世紀旗手
二十世紀旗手 (p4/12)
けば髑髏《されこうべ》、ああ、この荒涼の心象風景への明確なる認定が言わせた老いの繰りごと。れいの、「いのち」の、もてあそびではない。すでに神の罰うけて、与えられたる暗たんの命数にしたがい、今さら誰を恨《うら》もう、すべては、おのれひとりの罪、この小説書きながらも、つくづくと生き、もて行くことのもの憂く、まったくもって、笹の葉の霜、いまは、せめて佳品の二、三も創りお世話になったやさしき人たちへの、わが分相応のささやかなお礼奉公、これぞ、かの、死出の晴着のつもり、夜々、ねむらず、心くだいて綴り重ねし一篇のロマンス、よし、下品のできであろうと、もうそのときは私も知らない。罪、誕生の時刻に在り。

     弐唱 段数|漸減《ぜんげん》の法

 だんだん下に落ちて行く。だんだん上に昇ったつもりで、得意満面、扇子をさっとひらいて悠々涼を納めながらも、だんだん下に落ちて行く。五段落して、それから、さっと三段あげる。人みな同じ、五段おとされたこと忘れ果て、三段の進級、おめでとう、おめでとうと言い交して、だらしない。十年ほど経って一夜、おやおや? と不審、けれどもその時は、もうおそい。にがく笑って、これが世の中、と呟《つぶや》いて、きれいさっぱり諦める。それこそは、世の中。

     参唱 同行二人

 巡礼しようと、なんど真剣に考えたか知れぬ。ひとり旅して、菅笠《すげがさ》には、同行二人と細くしたためて、私と、それからもう一人、道づれの、その、同行の相手は、姿見えぬ人、うなだれつつ、わが背後にしずかにつきしたがえるもの、水の精、嫋々《じょうじょう》の影、唇赤き少年か、鼠いろの明石《あかし》着たる四十のマダムか、レモン石鹸にて全身の油を洗い流して清浄の、やわらかき乙女か、誰と指呼《しこ》できぬながらも、やさしきもの、同行二人、わが身に病いさえなかったなら、とうの昔、よき音《ね》の鈴もちて曰《いわ》くありげの青年巡礼、かたちだけでも清らに澄まして、まず、誰さん、某さん、おいとま乞いにお宅の庭さきに立ちて、ちりりんと鈴の音にさえわが千万無量のかなしみこめて、庭に茂れる一木一草、これが今生《こんじょう》の見納め、断絶の思いくるしく、泣き泣き巡礼、秋風と共に旅立ち、いずれは旅の土に埋められるおのが果なきさだめ、手にとるように、ありありと、判って居ります。そうして、そのうちに、私は、どうやら、おぼつかなき恋をした。名は言われぬ。恋をした素ぶりさえ見せられぬ、くるしく、――口くさっても言われぬ、――不義。もう一言だけ、告白する。私は、巡礼志願の、それから後に恋したのではないのだ。わが胸のおもい、消したくて、消したくて、巡礼思いついたにすぎないのです。私の欲していたもの、全世界ではなかった。百年の名声でもなかった。タンポポの花一輪の信頼が欲しくて、チサの葉いちまいのなぐさめが欲しくて、一生を棒に振った。

     四唱 信じて下さい

 東郷平八郎の母上は、わが子の枕もと歩かなかった。この子は、将来きっと百千の人のかしらに立つ人ゆえ、かならず無礼あってはならぬと、わが子ながらも尊敬、つつしみ、つつしみ、奉仕した。けれども、わが家の事情は、ちがっていた。七ツ、八ツのころより私ずい

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