• 日本語
  • English
  • 韓国語
  • 中文
トップ > 太宰Web文庫 > 竹青
竹青 (p2/11)
 むかし湖南《こなん》の何とやら郡邑《ぐんゆう》に、魚容という名の貧書生がいた。どういうわけか、昔から書生は貧という事にきまっているようである。この魚容君など、氏《うじ》育ち共に賤《いや》しくなく、眉目《びもく》清秀、容姿また閑雅《かんが》の趣《おもむ》きがあって、書を好むこと色を好むが如《ごと》しとは言えないまでも、とにかく幼少の頃より神妙に学に志して、これぞという道にはずれた振舞いも無かった人であるが、どういうわけか、福運には恵まれなかった。早く父母に死別し、親戚《しんせき》の家を転々して育って、自分の財産というものも、その間に綺麗《きれい》さっぱり無くなっていて、いまは親戚一同から厄介者《やっかいもの》の扱いを受け、ひとりの酒くらいの伯父《おじ》が、酔余《すいよ》の興にその家の色黒く痩《や》せこけた無学の下婢《かひ》をこの魚容に押しつけ、結婚せよ、よい縁だ、と傍若無人に勝手にきめて、魚容は大いに迷惑ではあったが、この伯父もまた育ての親のひとりであって、謂《い》わば海山の大恩人に違いないのであるから、その酔漢の無礼な思いつきに対して怒る事も出来ず、涙を怺《こら》え、うつろな気持で自分より二つ年上のその痩せてひからびた醜い女をめとったのである。女は酒くらいの伯父の妾《めかけ》であったという噂《うわさ》もあり、顔も醜いが、心もあまり結構でなかった。魚容の学問を頭から軽蔑して、魚容が「大学の道は至善に止《とどま》るに在《あ》り」などと口ずさむのを聞いて、ふんと鼻で笑い、「そんな至善なんてものに止るよりは、お金に止って、おいしい御馳走《ごちそう》に止る工夫でもする事だ」とにくにくしげに言って、「あなた、すみませんが、これをみな洗濯して下さいな。少しは家事の手助けもするものです」と魚容の顔をめがけて女のよごれ物を投げつける。魚容はそのよごれ物をかかえて裏の河原におもむき、「馬|嘶《いななき》て白日暮れ、剣鳴て秋気来る」と小声で吟じ、さて、何の面白い事もなく、わが故土にいながらも天涯の孤客《こかく》の如く、心は渺《びょう》として空《むな》しく河上を徘徊《はいかい》するという間の抜けた有様であった。
「いつまでもこのような惨《みじ》めな暮しを続けていては、わが立派な祖先に対しても申しわけが無い。乃公《おれ》もそろそろ三十、而立《じりつ》の秋だ。よし、ここは、一奮発して、大いなる声名を得なければならぬ」と決意して、まず女房を一つ殴《なぐ》って家を飛び出し、満々たる自信を以《もっ》て郷試《きょうし》に応じたが、如何《いか》にせん永い貧乏暮しのために腹中に力無く、しどろもどろの答案しか書けなかったので、見事に落第。とぼとぼと、また故郷のあばら屋に帰る途中の、悲しさは比類が無い。おまけに腹がへって、どうにも足がすすまなくなって、洞庭湖畔《どうていこはん》の呉王廟《ごおうびょう》の廊下に這《は》い上って、ごろりと仰向《あおむけ》に寝ころび、「あああ、この世とは、ただ人を無意味に苦しめるだけのところだ。乃公の如きは幼少の頃より、もっぱら其《そ》の独《ひと》りを慎んで古聖賢の道を究《きわ》め、学んで而《しこう》して時に之《これ》を習っても、遠方から福音の訪れ来る気配はさらに無く、毎日毎日、忍び難い侮辱ばかり受けて、大勇猛心を起して郷試に応じても無慙《むざん》の失敗をするし、この世には鉄面皮の悪人ばかり栄えて、乃公の如き気の弱い貧書生は永遠の敗者として嘲笑せられ

<< 表紙へ戻る 次のページ (p3/11) >>
Myルートガイド
 
facebook公式ページヘ
奥津軽を楽しむ
津軽の味
津軽を体験
おすすめ観光ルート
年間イベント案内
近日開催イベント
  • 予定なし
イベント情報へ