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誰 (p6/8)
しできます。お金、送るなり、又、兄御自身お遊びがてら御持参くだされたら、よろこび、これに過ぎたるは、ございません。図々《ずうずう》しい、わがままだ、勝手だ、なまいきだ、だらしない、いかなる叱正《しっせい》をも甘受いたす覚悟です。只今、仕事をして居ります。この仕事ができれば、お金がはいります。一日早ければ一日早いだけ助かります。二十日に要るのですけれど。おそくだと、私のほうでも都合つくのですが。万事御了察のうえ、御願い申しあげます。何事も申し上げる力がございません。委細は拝眉《はいび》の日に。三月十九日。治拝。」
 意外な事には、此の手紙のところどころに、先輩の朱筆の評が書き込まれていた。括弧《かっこ》の中が、その先輩の評である。
 ――○○兄。生涯にいちどの(人間のいかなる行為も、生涯にいちどきりのもの也)おねがいがございます。八方手をつくしたのですが(まず、三四人にも出したか)よい方法がなく、五六回、巻紙を出したり、ひっこめたりして(この辺は真実ならん)やっと書きます。この辺の気持ちお察し下さい(察しはつくが、すこし変である)今月末までに必ず必ずお返しできるゆえ、××家あたり(あたりとは、おかしき言葉なり)から二十円、やむを得ずば十円、借りて下さるまいか? 兄には、決してごめいわくをおかけしません(この辺は真実ならんも、また、あてにすべからず)「太宰がちょっとした失敗をして、困っているから、」と申して(申してとは、あやしき言葉なり、無礼なり)借りて下さい。三月末には必ずお返しできます。お金、送るなり、又、兄御自身お遊びがてら御持参くだされたら(かれ自身は更に動く気なきものの如し、かさねて無礼なり)よろこび(よろこびとは、真らしきも、かれも落ちたるものなり)これに過ぎたるは、ございません。図々しい、わがままだ、勝手だ、なまいきだ、だらしない、いかなる叱正をも甘受いたす覚悟です(覚悟だけはいい。ちゃんと自分のことは知っている。けれども、知っているだけなり)只今、仕事をして居ります。この仕事ができれば(この辺同情す)お金がはいります。一日早ければ一日早いだけ助かります。二十日に要るのですけれど(日数に於いて掛値《かけね》あるが如し、注意を要す)おそくだと、私のほうでも都合つくのですが(虚飾のみ。人を愚弄《ぐろう》すること甚しきものあり)万事御了察のうえ、お願い申しあげます。何事も申しあげる力がございません(新派悲劇のせりふ[#「せりふ」に傍点]の如し、人を喰ってる)委細は拝眉の日に。三月十九日。治拝。(借金の手紙として全く拙劣を極むるものと認む。要するに、微塵《みじん》も誠意と認むるものなし。みなウソ文章なり)
「これはひどいですねえ。」私は思わず嘆声を発した。
「ひどいだろう? 呆《あき》れたろう。」
「いいえ、あなたの朱筆のほうがひどいですよ。僕の文章は、思っていた程でも無かった。狡智《こうち》の極を縦横に駆使した手紙のような気がしていたのですが、いま読んでみて案外まともなので拍子抜けがしたくらいです。だいいち、あなたにこんなに看破されて、こんな、こんな、」まぬけた悪鬼なんてあるもんじゃない、と言おうとしたのだが言えなかった。どこかで、まだ私がこの先輩をだましているのかも知れないと思ったからである。私が

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