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雀 (p3/7)
どもね、煙草はどうも咳《せき》が出ていけない。酒ならいいんだ。イトウで皆とわかれる時にも、じゃんじゃん飲んだよ。」
「イトウ?」
「そう。伊豆の伊東温泉さ。あそこで半年ばかり療養していたんだ。中支に二年、南方に一年いて、病気でたおれて、伊東温泉で療養という事になったんだが、いま思うと、伊東温泉の六箇月が一ばん永かったような気がするな。からだが治って、またこれから戦地へ行かなくちゃならんのかと思ったら、流石《さすが》にどうも、いやだったが、終戦と聞いて実は、ほっとしたんだ。仲間とわかれる時には、大いに飲んだ。」
「君がきょう帰るのを、君のうちでは知っているのか。」
「知らないだろう。近く帰れるようになるかも知れんという事は葉書で言ってやって置いたが。」
「それはひどいよ。妻子も、金木の家へ来ているんだろう?」
「うん、召集と同時に女房と子供は、こっちの家へ疎開《そかい》させて置いた。なあに、知らせるに及ばんさ。外国|土産《みやげ》でもたくさんあるんならいいけど、どうもねえ、何もありやしないんだ。」と言って、顔をそむけ、窓外の風景を眺める。
「これを持って行き給え。ね、これは上等酒だとかいう話だよ。持って行き給え。金木にもね、いまはお酒はちっとも無いんだよ。これを持って行って、久し振りで女房のお酌《しゃく》で飲むさ。」
「君のお酌なら、飲んでもいいな。」
「いや、僕は遠慮しよう。細君から邪魔者あつかいにされてもつまらない。とにかくこれは持って行ってくれ。君がきょう帰るという事を家に知らせていないとすると、君の家では、きょうはお酒の支度《したく》が出来ないにきまっている。君は、お酒を飲みたいんだろう? どうも、さっきからこの風呂敷包を見る君の眼がただ事でなかったよ。飲みたいに違いないさ。持って行き給え。そうして、みんな飲んでしまってくれ。」
「いや、一緒に飲もう。今夜、君がこれをさげて僕の家へ遊びに来てくれたら、一ばん有難いんだがな。」
「それは、ごめんだ。それだけは、まっぴらだ。二、三日経ってからなら。」
「じゃあ、二、三日経ってからでもいいから遊びに来てくれ。この酒は要《い》らないよ。僕の家にだってあるだろう。」
「無い、無い。金木にはいま、まるっきり清酒が無いんだ。とにかくきょうは、この酒を君が持って行かなくちゃいけない。」
 私たちは金木駅に着くまで、その一升の清酒にこだわった。
 結局、そのお酒は慶四郎君が持って行く事になったが、そのかわり、私も二、三日中に慶四郎君の家へ遊びに行かなければならなくなった。
 そうして約束どおり私は三日後に、慶四郎君の家を訪ねたのであるが、彼は私の贈った清酒一升には少しも手をつけずに私を待っていてくれた。私たちは早速《さっそく》その一升

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