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トップ > 太宰Web文庫 > 老ハイデルベルヒ
老ハイデルベルヒ (p5/8)
れるんだ。それで帰って来たら、又一仕事だ。落ちついたもんだよ。」
 これも亦《また》、嘘であります。毎晩、私が黙って居ても、夕食のお膳に大きい二合徳利がつけてあって、好意を無にするのもどうかと思い、私は大急ぎで飲むのでありますが、何せ醸造元から直接持って来て居るお酒なので、水など割ってある筈は無し、頗る純粋度が高く、普通のお酒の五合分位に酔うのでした。佐吉さんは自分の家のお酒は飲みません。兄貴が造《こしら》えて不当の利益を貪《むさぼ》って居るのを、此の眼で見て知って居ながら、そんな酒とても飲まれません。げろが出そうだ、と言って、お酒を飲むときは、外へ出てよその酒を飲みます。佐吉さんが何も飲まないのだから、私一人で酔っぱらって居るのも体裁《ていさい》が悪く、頭がぐらぐらして居ながらも、二合飲みほしてすぐに御飯にとりかかり、御飯がすんでほっとする間もなく、佐吉さんが風呂へ行こうと私を誘うのです。断るのも我儘《わがまま》のような気がして、私も、行こうと応じて、連れ立って銭湯へ出かけるのです。私は風呂へ入って呼吸が苦しく死にそうになります。ふらふらして流し場から脱衣場へ逃れ出ようとすると、佐吉さんは私を掴《つかま》え、髯がのびて居ます。剃ってあげましょう、と親切に言って下さるので、私は又も断り切れず、ええ、お願いします、と頼んでしまうのでした。くたくたになり、よろめいて家へ帰り、ちょっと仕事をしようかな、と呟いて二階へ這い上り、そのまま寝ころんで眠ってしまうのであります。佐吉さんだって、それを知って居るに違いないのに、何だってあんな嘘の自慢をしたのでしょう。三島には、有名な三島大社があります。年に一度のお祭は、次第に近づいて参りました。佐吉さんの店先に集って来る若者達も、それぞれお祭の役員であって、様々の計画を、はしゃいで相談し合って居ました。踊り屋台、手古舞、山車《だし》、花火、三島の花火は昔から伝統のあるものらしく、水花火というものもあって、それは大社の池の真中で仕掛花火を行い、その花火が池面に映り、花火がもくもく池の底から涌《わ》いて出るように見える趣向になって居るのだそうであります。凡《およ》そ百種くらいの仕掛花火の名称が順序を追うて記されてある大きい番附が、各家毎に配布されて、日一日とお祭気分が、寂れた町の隅々まで、へんに悲しくときめき浮き立たせて居りました。お祭の当日は朝からよく晴れていて私が顔を洗いに井戸端へ出たら、佐吉さんの妹さんは頭の手拭いを取って、おめでとうございます、と私に挨拶いたしました。ああ、おめでとう、と私も不自然でなくお祝いの言葉を返す事が出来ました。佐吉さんは、超然として、べつにお祭の晴着を着るわけでなし、ふだん着のままで、店の用事をして居ましたが、やがて、来る若者、来る若者、すべて派手な大浪模様のお揃いの浴衣《ゆかた》を着て、腰に団扇《うちわ》を差し、やはり揃いの手拭いを首に巻きつけ、やあ、おめでとうございます、やあ、こんにちはおめでとうございますと、晴々した笑顔で、私と佐吉さんとに挨拶しました。其の日は私も、朝から何となく落ちつかず、さればといって、あの若者達と一緒に山車を引張り廻して遊ぶことも出来ず、仕事をちょっと仕掛けては、また立ち上り、二階の部屋をただうろうろ歩き廻って居ました。窓に倚《よ》りかかり、庭を見下せば、無花果《いちじく》の樹蔭で、何事も無さそうに妹さんが佐吉さんのズボンやら、私のシャツやらを洗濯して居ました。

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