• 日本語
  • English
  • 韓国語
  • 中文
トップ > 太宰Web文庫 > 親友交歓
親友交歓 (p2/14)
 昭和二十一年の九月のはじめに、私は、或る男の訪問を受けた。
 この事件は、ほとんど全く、ロマンチックではないし、また、いっこうに、ジャアナリスチックでも無いのであるが、しかし、私の胸に於いて、私の死ぬるまで消し難い痕跡《こんせき》を残すのではあるまいか、と思われる、そのような妙に、やりきれない事件なのである。
 事件。
 しかし、やっぱり、事件といっては大袈裟《おおげさ》かも知れない。私は或る男と二人で酒を飲み、別段、喧嘩《けんか》も何も無く、そうして少くとも外見に於いては和気藹々裡《わきあいあいり》に別れたというだけの出来事なのである。それでも、私にはどうしても、ゆるがせに出来ぬ重大事のような気がしてならぬのである。
 とにかくそれは、見事な男であった。あっぱれな奴であった。好いところが一つもみじんも無かった。
 私は昨年|罹災《りさい》して、この津軽の生家に避難して来て、ほとんど毎日、神妙らしく奥の部屋に閉じこもり、時たまこの地方の何々文化会とか、何々同志会とかいうところから講演しに来い、または、座談会に出席せよなどと言われる事があっても、「他にもっと適当な講師がたくさんいる筈《はず》です」と答えて断り、こっそりひとりで寝酒など飲んで寝る、というやや贋隠者《にせいんじゃ》のあけくれにも似たる生活をしているのだけれども、それ以前の十五年間の東京生活に於いては、最下等の居酒屋に出入りして最下等の酒を飲み、所謂《いわゆる》最下等の人物たちと語り合っていたものであって、たいていの無頼漢には驚かなくなっているのである。しかし、あの男には呆《あき》れた。とにかく、ずば抜けていやがった。
 九月のはじめ、私は昼食をすませて、母屋《おもや》の常居《じょい》という部屋で、ひとりぼんやり煙草を吸っていたら、野良着姿の大きな親爺《おやじ》が玄関のたたきにのっそり立って、
「やあ」と言った。
 それがすなわち、問題の「親友」であったのである。
(私はこの手記に於いて、ひとりの農夫の姿を描き、かれの嫌悪すべき性格を世人に披露《ひろう》し、以て階級闘争に於ける所謂「反動勢力」に応援せんとする意図などは、全く無いのだという事を、ばからしいけど、念のために言い添えて置きたい。それはこの手記のおしまいまでお読みになったら、たいていの読者には自明の事で、こんな断り書きは興覚めに違いないのであるが、ちかごろ甚だ頭の悪い、無感覚の者が、しきりに何やら古くさい事を言って騒ぎ立て、とんでもない結論を投げてよこしたりするので、その頭の古くて悪い(いや、かえって利口なのかも知れないが)その人たちのために一言、言わでもの説明を附け加えさせていただく次第なのだ。どだい、この手記にあらわれる彼は、百姓のような姿をしているけれども、決してあの「イデオロギスト」たちの敬愛の的たる農夫では無い。彼は実に複雑な男であった。とにかく私は、あんな男は、はじめて見た。不可解といってもいいくら

<< 表紙へ戻る 次のページ (p3/14) >>
Myルートガイド
 
facebook公式ページヘ
奥津軽を楽しむ
津軽の味
津軽を体験
おすすめ観光ルート
年間イベント案内
近日開催イベント
  • 予定なし
イベント情報へ