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すべてのスポット

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2010/3/30 15:36 [ 1384アクセス ]
ふれあい田舎体験、里山大学校伝承スクール太宰治の生家津島家の親戚である傍島家の築140年の古民家を修復した建物を利用して、現代では触れることの少なくなった農業体験や伝承技術などで”ものづくり”の精神と昔の叡智を金木町で体験しませんか?詳細を見る!
2010/3/4 8:54 [ 2063アクセス ]
玄米粉活用でおいしく食べて健康家族 食養法の原点である玄米食を玄米粉を活用することで、赤ちゃんからお年寄りの方まで、お好みに合わせて食事やデザート等、多種多様なレシピに取り入れて健康実感の生活をお届けします詳細を見る!
2010/3/4 9:00 [ 2501アクセス ]
青森ヒバの端材で何でも作ろう!町から少し離れているけれど、器用な方家族でいらしてください。かなづちやノコギリで何か作ってみたらいかがですか。詳細を見る!
金木郵便局
2010/2/17 18:05 [ 3746アクセス ]
 津島家内にも電話が設置されていたという個室がある。大正七年に津島源右衛門が作成した金木俯瞰絵図には、津島邸の北隣に郵便局が記載されている。 当時の局長は津島忠次郎で津島家の親戚である。忠次郎のヤマ原商店と津島邸の間に郵便局があった。創設時の名称は、金木村郵便取扱所。一階で郵便・貯金等の業務を扱い、二階では電話等の通信業務をおこなっていた...詳細を見る!
金木警察署跡
2010/2/17 18:02 [ 3859アクセス ]
 現在地に金木警察署があったのは、大正10年~昭和38年の間。地主である津島家を守護する役割として配置された。 明治8年5月、五所川原村に第五大区警察出張所が設けられ、金木村にその分署として、金木村第三巡査屯所ができ、事務を執るようになった。これが金木警察署のはじまり。金木、嘉瀬、喜良市、武田の4ヶ村を管轄区とした。 明治11年3月中里...詳細を見る!
合資会社金木銀行
2010/2/17 19:33 [ 3926アクセス ]
 明治30年(1897)7月17日設立。資本金1万円。同族会社。背の高い厳重な柵の奥に、切妻屋根の和洋折衷、どこか簡素な教会を思わせる。 大正8年3月「株式会社金木銀行」に改称。 昭和13年8月11日、第五十九銀行に買収され、株式会社第五十九銀行金木支店となる。 その後、合併が進み現在の青森銀行となる。詳細を見る!
2010/6/1 11:31 [ 4583アクセス ]
桜の名所として有名な県立芦野公園の湖畔にあります。芦野湖岸や吊り橋、浮き橋が情緒を醸し出しています。 近隣には、太宰治記念館「斜陽館」と津軽三味線会館などがあり、ぜひ見ておきたいところです。詳細を見る!
2010/6/1 13:06 [ 4717アクセス ]
 館内には、棟方志功の版画が随所に展示されています。宴会場は、国会議事堂を模した当ホテルらしく、大広間に「衆議院本会議室」中宴会場は「建設省」「農林省」などの名前が付けられています。 18万坪の広大な敷地は、津軽の奥座敷。ごゆっくり散策をお楽しみください。詳細を見る!
2010/6/1 11:53 [ 4882アクセス ]
十二本ヤスから更に進むと7段の岩場を落ちてくる滝が七ツ滝です。周りはヒバやブナが原生し、春はヤマザクラ、秋は紅葉が楽しめる絶景の場所です。詳細を見る!
金木さなぶり荒馬
2009/10/19 19:54 [ 5835アクセス ]
 お殿様のさっそうとした英姿を讃え、豊穣を願う農村の踊りです。昭和56年に県無形民俗文化財に指定されました。 新田開発が進捗するに従い、金木地方の水田開発も進められ、農村の虫祭りも賑やかになり行事化したもの。 天保年間、津軽藩主信政公が金木村を訪れ、八幡宮に五穀豊穣と武運長久の御祈願を行い、藩主は馬上豊かに馬の手綱をとり、供奴二人が左右...詳細を見る!
中央市民センター(友情の碑)
2009/10/20 9:13 [ 5863アクセス ]
 「友情の碑」の題額は板画家の鈴木廣氏。鈴木氏は青森県内の文学碑情報を『青森県文学碑散歩』にまとめています。撰文は太宰の青森中学、弘前高校時代の後輩小野正文氏。 青森市松原にある中央市民センターには、太宰治が書いた小説「走れメロス」の一節が刻まれた文学碑があります。この碑は、青少年の健やかな成長を祈念して建てられたもので「友情の碑」と名...詳細を見る!
2010/6/1 13:24 [ 6377アクセス ]
 小田川の上流にある小田川ダムの途中にあり、「湯」と名前は付いてますが冷泉が湧き出ていて、硫黄の匂いがたちこめて独特な雰囲気詳細を見る!
嘉瀬の奴踊り
2009/10/19 19:52 [ 6659アクセス ]
 主人の不遇を慰め役人を風刺した百姓たちの盆踊り。昭和44年に県無形民俗文化財に指定されました。 昭和44年県無形民俗文化財指定。 古くから伝わる田植え踊りで、津軽4代藩主信政公の命により、藩士鳴海伝右衛門が嘉瀬の新田開墾に全力を尽くしたものの、同僚のざん言により不遇な日々を過ごしていました。伝右衛門の忠僕奴徳助が主人の不遇を慰めようとして...詳細を見る!
ブドウ畑(駐車場)
2009/10/19 18:58 [ 6722アクセス ]
 現在の津軽三味線会館の大型バス駐車場にあたる場所は、元は津島家の敷地で、ブドウ畑だったといわれています。 梅、栗、クルミなどもありましたが、ブドウにはことのほか手がかけられ、三間に二間ほどの広さで、2メートルほどの高さの柵が作られていました。侵入して荒らすものを防ぐため、よし簀で四方を囲ったほどだったそうです。 太宰は小説「思ひ出」の中...詳細を見る!
八幡宮参道
2009/10/19 20:03 [ 6735アクセス ]
 八幡宮には神楽の舞台があり、神楽の他に伝統芸能が披露される場所です。 斜陽館を中心とした通りに名前が付けられており、八幡宮の前が八幡宮参道と呼ばれています。 八幡宮は、明治38年大火焼失後、明治41年に竣工。拝殿は地元の白常建築部の建築で平成20年に築100年を迎えました。後ろの本殿は平成21年で築100年になります。 本殿は、津島家と同じ堀江組の建築に...詳細を見る!
鹿ノ子川溜池
2009/10/19 20:24 [ 6926アクセス ]
 太宰が「津軽」執筆のために兄夫婦達とピクニックに出かけた場所です。 鹿ノ子川溜池は、「魚服記」の舞台となり、太宰が「津軽」執筆のために兄夫婦達と散策に出かけた場所です。 太宰は、兄と一緒に歩くのは10年以上ぶりで、今後はもう無いだろうと小説の中で語っています。 主要地方道・屏風山内真部線に沿ったところにあります。詳細を見る!
布嘉御殿 復元
2009/10/20 10:21 [ 7070アクセス ]
 展示施設となっております古民家は約200年前の建物を秋田県大館市より移築したもので、館内に入ると、趣のある空間を感じることができるかと思います。 五所川原の「布嘉(ぬのか)」は、呉服商から大地主となり、県内はもとより東北屈指の大富豪となった佐々木嘉太郎の屋号。 明治後半に完成した邸宅は壮大なスケールから「布嘉御殿」と呼ばれたが、昭和19(1944)年...詳細を見る!
仁太坊通り(小川町・米町)
2009/10/19 20:01 [ 7194アクセス ]
 劇場や映画館、多数の飲食店など娯楽の中心地として金木で最も賑わった地域です。 通称・下町と呼ばれるこの通りは、津軽三味線の始祖・仁太坊が門付けをして歩いた通りです。 仁太坊は、「坊様三味線」「乞食三味線」とさげすまれながらも、「叩き奏法」や「八人芸」を編み出し、弟子を育て、現在の津軽三味線の原型を創った人物。 仁太坊亡き後、その奏法や...詳細を見る!
文芸のこみち
2009/10/20 9:16 [ 7230アクセス ]
 青森市、旧国鉄の操車場跡地に整備されている遊歩道の一部は、「文芸のこみち」として、県内の文化人たちの石碑が建立されています。 太宰の石碑には「さらば読者よ 命あらばまた他日 元気で行こう 絶望するな では 失敬」と刻されています。詳細を見る!
十三の砂山
2009/10/19 19:56 [ 7276アクセス ]
 かぼそく、弱々しく、染みとおるような哀憫をおびた十三の砂山の民謡は、心のふるさとを呼び戻し昔人の霊を慰める鎮魂の唄にも聞こえ、夏まつりとして開催されています。 五所川原市(旧市浦村十三)に伝わる盆踊り唄。 十三港は、古文書「十三往来」によると中世の頃に日本七港の一つとして栄え、米穀木材を積んだ諸国の船が出入りして賑わっていたそうです。...詳細を見る!

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