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すべてのスポット

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南台寺 栗の古木
2009/10/19 20:09 [ 8552アクセス ]
 太宰の小説「帰去来」に登場し、今も現存する栗の大木。 南台寺は津島家の菩提寺で、明治42年(1909)から開かれている日曜学校があり、祖母いしの教育方針で、子守のタケが本を借りてきては太宰に読ませたそうです。 成人した太宰は、病気の母を見舞うために帰郷した時のことを「帰去来」に紹介。「墓の傍の栗の大木は、昔のままだった」と記しています。詳細を見る!
南台寺
2009/10/19 19:37 [ 12470アクセス ]
 津島家寄贈の鐘楼があります。鐘の上部には太宰の兄・文治の名前が見えます。本堂内の金色の飛天彫刻欄間や龍や虎の板戸絵が目を引きます。 太宰の実家・津島家代々の菩提寺である南台寺。 戦時中にアメリカ軍の直撃爆弾を受けたが、被害はありませんでした。 津島家寄贈の鐘楼があり、太宰は小さい頃よくお寺まいりをさせられたそうです。詳細を見る!
十二本ヤス
2009/10/19 20:17 [ 18611アクセス ]
 十二本ヤスの周りにも数多く枝分かれしているヒバの大木が数本あります。神木とされる十二本ヤスの周囲は、ほとんど人の手が入っていない古い森です。 五所川原市金木町喜良市にある、樹齢800年以上という日本一のヒバの大木。 幹の途中で12本に枝が分かれて、ちょうど魚を突いて取るヤスの形をしているところから、「十二本ヤス」と呼ばれるようになりました。 ...詳細を見る!
十三湖
2009/10/20 9:11 [ 13937アクセス ]
 淡水と海水が入り交じる汽水湖で、日本有数のヤマトシジミの産地です。また、鎌倉時代から室町期にかけて数々の貿易を行い、北国第一の湊として栄えたと伝えられています。 津軽平野の北端にある十三湖は、世界自然遺産白神山地と霊峰岩木山を源流とする岩木川の淡水と、日本海の海水が混ざり合った汽水湖。 中世の頃には安東氏が支配し、貿易港として賑わいを...詳細を見る!
十三の砂山
2009/10/19 19:56 [ 8046アクセス ]
 かぼそく、弱々しく、染みとおるような哀憫をおびた十三の砂山の民謡は、心のふるさとを呼び戻し昔人の霊を慰める鎮魂の唄にも聞こえ、夏まつりとして開催されています。 五所川原市(旧市浦村十三)に伝わる盆踊り唄。 十三港は、古文書「十三往来」によると中世の頃に日本七港の一つとして栄え、米穀木材を積んだ諸国の船が出入りして賑わっていたそうです。...詳細を見る!
円覚寺
2009/10/20 10:15 [ 8876アクセス ]
 国の重要文化財に指定されている薬師堂内厨子や船絵馬が奉納されています。また、船乗りたちが助かったお礼のために結っていたちょんまげを絵馬として奉納したものが公開されています。 深浦町にある円覚寺は、大同二丁亥年(807)、征夷大将軍坂上田村麻呂が蝦夷東征の時に、厩戸皇子作の十一面観世音菩薩を安置し、観音堂を建立したのがはじまりと伝えられています...詳細を見る!
八幡宮参道
2009/10/19 20:03 [ 7059アクセス ]
 八幡宮には神楽の舞台があり、神楽の他に伝統芸能が披露される場所です。 斜陽館を中心とした通りに名前が付けられており、八幡宮の前が八幡宮参道と呼ばれています。 八幡宮は、明治38年大火焼失後、明治41年に竣工。拝殿は地元の白常建築部の建築で平成20年に築100年を迎えました。後ろの本殿は平成21年で築100年になります。 本殿は、津島家と同じ堀江組の建築に...詳細を見る!
八幡宮
2009/11/9 15:30 [ 8405アクセス ]
 金木八幡宮は社殿の南北に鳥居がある珍しい神社です。もともとは南の鳥居だけだったそうですが、昔、藩の巡検でどうしても北から入ることになり、北の鳥居が建てられたそうです。 八幡宮の現在の社殿は、明治38年(1905)の大火で焼失し、3年後に復興。拝殿は、平成20(2008)で築100年を迎えました。本殿は津島家と同じ堀江組の作。 境内に寺子屋があり、祖母の指示で、太...詳細を見る!
2010/6/1 13:29 [ 9520アクセス ]
 熊たちが皆さんをお待ちしています。詳細を見る!
仁太坊通り(小川町・米町)
2009/10/19 20:01 [ 7543アクセス ]
 劇場や映画館、多数の飲食店など娯楽の中心地として金木で最も賑わった地域です。 通称・下町と呼ばれるこの通りは、津軽三味線の始祖・仁太坊が門付けをして歩いた通りです。 仁太坊は、「坊様三味線」「乞食三味線」とさげすまれながらも、「叩き奏法」や「八人芸」を編み出し、弟子を育て、現在の津軽三味線の原型を創った人物。 仁太坊亡き後、その奏法や...詳細を見る!
仁太坊生誕150周年記念碑
2010/6/1 12:01 [ 9050アクセス ]
 2007年7月に、津軽三味線の始祖仁太坊(にたぼう)の生誕150年を記し、弘前市の津軽三味線研究家大條和雄さんが発案し神原地区の住民で組織した実行委員会(三上正代表)、全日本津軽三味線友の会東京支部(斉藤重雄支部長)などが協力して建立されました。 仁太坊(本名秋元仁太郎)は1857年7月7日、同市金木町神原生まれ。病で失明した後に三味線の門付け...詳細を見る!
仁太坊の里碑
2010/6/1 16:07 [ 8641アクセス ]
 岩木川沿いに立つ、この地が仁太坊の里であることを示す記念碑です。詳細を見る!
仁太坊
2009/10/19 18:51 [ 10836アクセス ]
 津軽三味線の始祖、仁太坊こと秋元仁太郎は、生後間もなく母を失い8歳で失明。11歳で父をも失い、天涯孤独の身で三味線を習いました。 当時、目の不自由な男が所属する当道座には、身分が低く入れず、門付け芸人として蔑まれながらも、叩き奏法や八人芸を編み出し、現在の津軽三味線の原型を創ったそうです。 その功績をたたえて作られた津軽三味線会館では、屋...詳細を見る!
乾橋(いぬいばし)
2009/10/19 19:50 [ 13715アクセス ]
 市内を流れる岩木山に掛かる橋。作家・太宰治が小説「津軽」で、中畑慶吉宅を訪問した際に娘のけいちゃんに案内され、子守だった越野たけとの思い出を語った場所です。 小説「津軽」本編に登場する、五所川原市の岩木川に架かる橋。 彼は岩木川を見るために、結婚をあさってに控えたおけいちゃんに、この橋まで案内してもらったという。 五所川原は、太宰が母...詳細を見る!
中央市民センター(友情の碑)
2009/10/20 9:13 [ 6245アクセス ]
 「友情の碑」の題額は板画家の鈴木廣氏。鈴木氏は青森県内の文学碑情報を『青森県文学碑散歩』にまとめています。撰文は太宰の青森中学、弘前高校時代の後輩小野正文氏。 青森市松原にある中央市民センターには、太宰治が書いた小説「走れメロス」の一節が刻まれた文学碑があります。この碑は、青少年の健やかな成長を祈念して建てられたもので「友情の碑」と名...詳細を見る!
三柱神社 ケヤキ
2009/10/19 20:11 [ 11155アクセス ]
 もとあった観音堂は、神仏分離で三柱神社となり八幡宮へ合祀となる。仏像は行方不明となり、現仏像は太宰の祖母イシが寄進。集印所目印は「第十三番川倉観音集印所」看板。 三柱神社の社殿近くにある、悠久の時を見守り続けてきた樹齢500年のケヤキの大木。 また、境内には、創建1668年の川倉芦野観音堂もあり、津軽三十三霊場第13番目の札所に数えられています。詳細を見る!
2010/6/1 11:53 [ 5340アクセス ]
十二本ヤスから更に進むと7段の岩場を落ちてくる滝が七ツ滝です。周りはヒバやブナが原生し、春はヤマザクラ、秋は紅葉が楽しめる絶景の場所です。詳細を見る!
ライオン岩展望所
2009/10/20 8:59 [ 10347アクセス ]
 小説「津軽」で、太宰治が乳母のたけと再会した場所へと、一文を刻んだ文学碑が各地にたてられている。2番目ライオン岩展望所の文学碑から眺める日本海に浮かぶ岩木山、必見です。 小泊にある「太宰とたけ再会の道」。 ライオン岩展望所の碑には―中古の頃から他国の船頭の出入があり、蝦夷 通いの船が、東風を避ける時には必ずこの港に仮泊することになって...詳細を見る!
メロス坂通り(南新町)
2009/10/19 20:00 [ 9404アクセス ]
 太宰治が実際に居住し作品を執筆した場所として実在する日本唯一の場所、太宰治疎開の家「旧津島家新座敷」がある通りです。 昭和5年、津軽鉄道開通に伴って出来た道路で、通称・南新町といわれています。 日本民間飛行家第一号・白戸榮之助生誕の地から太宰治疎開の家「新座敷」の通りで、太宰の作品「走れメロス」に因んで名付けられました。 津軽鉄道金木駅...詳細を見る!
ブドウ畑(駐車場)
2009/10/19 18:58 [ 6970アクセス ]
 現在の津軽三味線会館の大型バス駐車場にあたる場所は、元は津島家の敷地で、ブドウ畑だったといわれています。 梅、栗、クルミなどもありましたが、ブドウにはことのほか手がかけられ、三間に二間ほどの広さで、2メートルほどの高さの柵が作られていました。侵入して荒らすものを防ぐため、よし簀で四方を囲ったほどだったそうです。 太宰は小説「思ひ出」の中...詳細を見る!

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