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弘前大学
2009/10/20 10:02 [ 11515アクセス ]
 弘前大学と太宰治といえば、所属していた弘前高校新聞部や名簿碑・文学碑を想像しますが、実は付属図書館の太宰治研究文庫蔵書が魅力です。 旧官立弘前高等学校、太宰治は7回卒。 平成元年(1989)夏、創立70周年記念祭が開かれ、弘高生青春之像を建立。 旧制弘前高校卒業生名簿碑には、太宰の本名「津島修治」の名が刻まれています。 名水百選のひとつ「富田の清...詳細を見る!
津軽金山焼
2009/10/19 20:36 [ 11246アクセス ]
 電動ロクロや手びねりの陶芸体験で世界に1つしかない作品を作りませんか。レストランでは薪窯で焼くピザ作り体験ができます。とっても楽しい体験ですよ。 かつてこの地にあった「須恵器」から強い影響を受けた津軽金山焼は、昭和60年(1985)、五所川原市金山地区に登り窯を作ったことにはじまります。 金山大溜池の底に堆積する良質の粘土を使い、釉薬を一切使わず...詳細を見る!
金木小学校太宰治碑
2009/10/19 19:43 [ 11233アクセス ]
 太宰が実際に通った金木尋常小学校は、現在の公立金木病院の駐車場に建っていました。さらに時代をさかのぼると津軽藩の御蔵がありました。 芦野公園の近く、太宰が通った旧明治高等小学校(現・五所川原市立金木小学校)の校庭に建立されている太宰治碑。 「微笑誠心 修治」と彫られた刻字は、昭和11年、太宰治が兄文治に宛てた「太宰治 津島文治宛書簡」の封...詳細を見る!
馬禿山
2009/10/19 20:29 [ 11084アクセス ]
 馬禿山のすぐ近くまでは、車で進めますが、林道のため舗装されていません。どうしても禿げている場所に登りたい人は、登山道がないため自己責任で登ってください。 標高175mの馬禿山。中腹にある赤土の部分が八の字に禿げていて樹木が無く、小山の二箇所に草木が生えていない場所(シラス地層)があります。 奥州平泉で自害したといわれている源義経が、伝説では生...詳細を見る!
階段国道
2009/10/20 9:51 [ 10969アクセス ]
 津軽半島の最北端、竜飛岬が国道339号線の果て、一般住宅の軒下から362段の階段があり、これが国道? でも登りきった竜飛崎から見る眺めは格別です。ただし、強風に注意して下さい。 国道339号線、全国で唯一の歩行者専用階段国道。 国道に認定されたのは昭和49年(1974)、階段の入口には国道の標識がしっかりと立っています。 龍飛バス停と龍飛崎灯台を結ぶ361段の階...詳細を見る!
三柱神社 ケヤキ
2009/10/19 20:11 [ 10888アクセス ]
 もとあった観音堂は、神仏分離で三柱神社となり八幡宮へ合祀となる。仏像は行方不明となり、現仏像は太宰の祖母イシが寄進。集印所目印は「第十三番川倉観音集印所」看板。 三柱神社の社殿近くにある、悠久の時を見守り続けてきた樹齢500年のケヤキの大木。 また、境内には、創建1668年の川倉芦野観音堂もあり、津軽三十三霊場第13番目の札所に数えられています。詳細を見る!
旧制青森中学校校歌碑(青森市営球場)
2009/10/20 9:21 [ 10862アクセス ]
 春には青森春まつりが行われ、夏には海水浴が楽しめる場所です。公園内には青森市営球場があります。樹齢460年以上といわれる三譽の松は市文化財として天然記念物に指定されています。 大正12年(1923)、14歳の太宰は旧制県立青森中学校(現・青森高等学校)に入学、青森の親戚豊田太左衛門方(青森市寺町14番地)に下宿して通学しました。 2学期から卒業まで級長を通す一方...詳細を見る!
嘉瀬観音山(嘉瀬スキー場)
2009/10/19 20:31 [ 10860アクセス ]
 観音山の高台からは、広く金木を見渡せます。津軽半島を縦断する山脈や眼下に広がる町並みを背景に写真撮影してはいかがでしょうか。 嘉瀬駅から東へ徒歩で約10分程の場所。標高70~90mで、松林に囲まれています。 東には、梵珠山脈の連なりが見渡せ、中央には大倉岳(676m)、袴越岳(627m)連峰、西は金木新田、西南には秀峰岩木山(1,625m)、北西には権現崎が見...詳細を見る!
仁太坊
2009/10/19 18:51 [ 10663アクセス ]
 津軽三味線の始祖、仁太坊こと秋元仁太郎は、生後間もなく母を失い8歳で失明。11歳で父をも失い、天涯孤独の身で三味線を習いました。 当時、目の不自由な男が所属する当道座には、身分が低く入れず、門付け芸人として蔑まれながらも、叩き奏法や八人芸を編み出し、現在の津軽三味線の原型を創ったそうです。 その功績をたたえて作られた津軽三味線会館では、屋...詳細を見る!
2010/6/1 13:54 [ 10502アクセス ]
 太宰が「生みの母よりも、この叔母を慕っていた」という、叔母きゑの家があった場所は、現在津島歯科医院になり、隣にあった蔵は、太宰が訪ねた当時の外観を残していました。 現在の蔵は、平成23年の解体され、平成26年8月に再築されたものです。詳細を見る!

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