仁太坊生誕150周年記念碑
 2007年7月に、津軽三味線の始祖仁太坊(にたぼう)の生誕150年を記し、弘前市の津軽三味線研究家大條和雄さんが発案し神原地区の住民で組織した実行委員会(三上正代表)、全日本津軽三味線友の会東京支部(斉藤重雄支部長)などが協力して建立されました。
 仁太坊(本名秋元仁太郎)は1857年7月7日、同市金木町神原生まれ。病で失明した後に三味線の門付けを始め、独創的な演奏で聴衆の魂を揺さぶった、津軽三味線の始祖と言われる人です。
 碑はみかげ石で造られ高さは台座を含め2・25メートル、幅1・2メートル。本人が演奏の時に口ずさんだとされるはやし言葉「末(すえ)ばて能(よ)くなる仁太坊の三味線こ」が、大條さんの揮ごうで彫られています。
住所五所川原市金木町神原小泉126番地77(神原コミュニティ消防センター)
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