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トップ > 太宰Web文庫 > 十五年間
十五年間 (p5/16)
 戦時日本の新聞の全紙面に於いて、一つとして信じられるような記事は無かったが、(しかし、私たちはそれを無理に信じて、死ぬつもりでいた。親が破産しかかって、せっぱつまり、見えすいたつらい嘘《うそ》をついている時、子供がそれをすっぱ抜けるか。運命窮まると観じて黙って共に討死さ。)たしかに全部、苦しい言いつくろいの記事ばかりであったが、しかし、それでも、嘘でない記事が毎日、紙面の片隅《かたすみ》に小さく載っていた。曰《いわ》く、死亡広告である。羽左衛門《うざえもん》が疎開先で死んだという小さい記事は嘘でなかった。
 サロンは、その戦時日本の新聞よりもまだ悪い。そこでは、人の生死さえ出鱈目《でたらめ》である。太宰などは、サロンに於いて幾度か死亡、あるいは転身あるいは没落を広告せられたかわからない。
 私はサロンの偽善と戦って来たと、せめてそれだけは言わせてくれ。そうして私は、いつまでも薄汚いのんだくれだ。本棚《ほんだな》に私の著書を並べているサロンは、どこにも無い。
 けれども、私がこうしてサロンがどうのと、おそろしくむきになって書いても、それはいったい何の事だか、一向にわからない人が多いだろうと思われる。サロンは、諸外国に於いて文芸の発祥地だったではないか、などと言って私に食ってかかる半可通が、私のいうサロンなのだ。世に、半可通ほどおそろしいものは無い。こいつらは、十年前に覚えた定義を、そのまま暗記しているだけだ。そうして新しい現実をその一つ覚えの定義に押し込めようと試みる。無理だよ、婆さん。所詮、合いませぬて。
 自分を駄目だと思い得る人は、それだけでも既に尊敬するに足る人物である。半可通は永遠に、洒々然《しゃあしゃあぜん》たるものである。天才の誠実を誤り伝えるのは、この人たちである。そうしてかえって、俗物の偽善に支持を与えるのはこの人たちである。日本には、半可通ばかりうようよいて、国土を埋めたといっても過言ではあるまい。
 もっと気弱くなれ! 偉いのはお前じゃないんだ! 学問なんて、そんなものは捨てちまえ!
 おのれを愛するが如《ごと》く、汝《なんじ》の隣人を愛せよ。それからでなければ、どうにもこうにもなりゃしないのだよ。
 とこう言うとまた、れいのサロンの半可通どもは、その思想は云々《うんぬん》と、ばかな議論をはじめるだろう。かえるのつらに水である。やり切れねえ。
 いったい私の言っているサロンとは何の事か。諸外国の文芸の発祥地と言われているサロンと、日本のサロンとは、どんな根本的な差異があるか。皇室または王室と直接のつながりのあるサロンと、企業家または官吏につながっているサロンと、どう違うか。君たちのサロンは、猿芝居《さるしばい》だというのはどういうわけか。いまここで、いちいち諸君に噛《か》んでふくめるように説明してお聞かせすればいいのかも知れないが、そんな事に努力を傾注していると、君たちからイヤな色気を示されたりして、太宰もサロンに迎えられ、むざんやミイラにされてしまうおそれが多分にあるので、私はこれ以上の奉仕はごめんこうむ

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