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トップ > 太宰Web文庫 > グッド・バイ
グッド・バイ (p5/17)
「へえ?」
 と見直した。まさに、お見それ申したわけであった。
 彼は、その女を知っていた。闇屋、いや、かつぎ屋である。彼はこの女と、ほんの二、三度、闇の物資の取引きをした事があるだけだが、しかし、この女の鴉声と、それから、おどろくべき怪力に依《よ》って、この女を記憶している。やせた女ではあるが、十貫は楽に背負う。さかなくさくて、ドロドロのものを着て、モンペにゴム長、男だか女だか、わけがわからず、ほとんど乞食《こじき》の感じで、おしゃれの彼は、その女と取引きしたあとで、いそいで手を洗ったくらいであった。
 とんでもないシンデレラ姫。洋装の好みも高雅。からだが、ほっそりして、手足が可憐《かれん》に小さく、二十三、四、いや、五、六、顔は愁《うれ》いを含んで、梨《なし》の花の如《ごと》く幽《かす》かに青く、まさしく高貴、すごい美人、これがあの十貫を楽に背負うかつぎ屋とは。
 声の悪いのは、傷だが、それは沈黙を固く守らせておればいい。
 使える。

      行進 (二)

 馬子《まご》にも衣裳《いしょう》というが、ことに女は、その装い一つで、何が何やらわけのわからぬくらいに変る。元来、化け物なのかも知れない。しかし、この女(永井キヌ子という)のように、こんなに見事に変身できる女も珍らしい。
「さては、相当ため込んだね。いやに、りゅうとしてるじゃないか。」
「あら、いやだ。」
 どうも、声が悪い。高貴性も何も、一ぺんに吹き飛ぶ。
「君に、たのみたい事があるのだがね。」
「あなたは、ケチで値切ってばかりいるから、……」
「いや、商売の話じゃない。ぼくはもう、そろそろ足を洗うつもりでいるんだ。君は、まだ相変らず、かついでいるのか。」
「あたりまえよ。かつがなきゃおまんまが食べられませんからね。」
 言うことが、いちいちゲスである。
「でも、そんな身なりでも無いじゃないか。」
「そりゃ、女性ですもの。たまには、着飾って映画も見たいわ。」
「きょうは、映画か?」
「そう。もう見て来たの。あれ、何ていったかしら、アシクリゲ、……」
「膝栗毛《ひざくりげ》だろう。ひとりでかい?」
「あら、いやだ。男なんて、おかしくって。」
「そこを見込んで、頼みがあるんだ。一時間、いや、三十分でいい、顔を貸してくれ。」
「いい話?」
「君に損はかけない。」

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