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トップ > 太宰Web文庫 > グッド・バイ
グッド・バイ (p3/17)
 それに就いて、さし当っての難関。まず、女たちと上手《じょうず》に別れなければならぬ。思いがそこに到ると、さすが、抜け目の無い彼も、途方にくれて、溜息《ためいき》が出るのだ。
「全部、やめるつもり、……」大男の文士は口をゆがめて苦笑し、「それは結構だが、いったい、お前には、女が幾人あるんだい?」

      変心 (二)

 田島は、泣きべその顔になる。思えば、思うほど、自分ひとりの力では、到底、処理の仕様が無い。金ですむ事なら、わけないけれども、女たちが、それだけで引下るようにも思えない。
「いま考えると、まるで僕は狂っていたみたいなんですよ。とんでもなく、手をひろげすぎて、……」
 この初老の不良文士にすべて打ち明け、相談してみようかしらと、ふと思う。
「案外、殊勝《しゅしょう》な事を言いやがる。もっとも、多情な奴に限って奇妙にいやらしいくらい道徳におびえて、そこがまた、女に好かれる所以《ゆえん》でもあるのだがね。男振りがよくて、金があって、若くて、おまけに道徳的で優しいと来たら、そりゃ、もてるよ。当り前の話だ。お前のほうでやめるつもりでも、先方が承知しないぜ、これは。」
「そこなんです。」
 ハンケチで顔を拭《ふ》く。
「泣いてるんじゃねえだろうな。」
「いいえ、雨で眼鏡の玉が曇《くも》って、……」
「いや、その声は泣いてる声だ。とんだ色男さ。」
 闇商売の手伝いをして、道徳的も無いものだが、その文士の指摘したように、田島という男は、多情のくせに、また女にへんに律儀《りちぎ》な一面も持っていて、女たちは、それ故《ゆえ》、少しも心配せずに田島に深くたよっているらしい様子。
「何か、いい工夫《くふう》が無いものでしょうか。」
「無いね。お前が五、六年、外国にでも行って来たらいいだろうが、しかし、いまは簡単に洋行なんか出来ない。いっそ、その女たちを全部、一室に呼び集め、蛍《ほたる》の光でも歌わせて、いや、仰げば尊し、のほうがいいかな、お前が一人々々に卒業証書を授与してね、それからお前は、発狂の真似《まね》をして、まっぱだかで表に飛び出し、逃げる。これなら、たしかだ。女たちも、さすがに呆《あき》れて、あきらめるだろうさ。」
 まるで相談にも何もならぬ。
「失礼します。僕は、あの、ここから電車で、……」
「まあ、いいじゃないか。つぎの停留場まで歩こう。何せ、これは、お前にとって重大問題だろうからな。二人で、対策を研究してみようじゃないか。」
 文士は、その日、退屈していたものと見えて、なかなか田島を放さぬ。
「いいえ、もう、僕ひとりで、何とか、……」

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