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喝采 (p3/6)
と》、あした死ぬる生命、お金ある宵はすなわち富者万燈の祭礼、一朝めざむれば、天井の板、わが家のそれに非《あら》ず、あやしげの青い壁紙に大、小、星のかたちの銀紙ちらしたる三円天国、死んで死に切れぬ傷のいたみ、わが友、中村地平、かくのごとき朝、ラジオ体操の音楽を聞き、声を放って泣いたそうな。シンデレラ姫の物語を考えついた人は、よっぽど、お話にもなにもならないほど、不仕合せな人なのだ。マッチ売の娘の物語を考えついた人もまた、煙草のみたいが叶わず、マッチ点火しては、焔《ほのお》をみつめ、ほそぼそ青い焔の尾をひいて消える、また点火、涙でぼやけてマッチの火、あるいは金殿玉楼くらいに見えたかも知れない。年一年とくらしが苦しく、わが絶望の書も、どうにも気はずかしく、夜半の友、モラルの否定も、いまは金縁看板の習性の如くにさえ見え、言いたくなき内容、困難の形式、十春秋、それをのみ繰りかえし繰りかえし、いまでは、どうやら、この露地が住み良く、たそがれの頃、翼を得て、ここかしこを意味なく飛翔する、わが身は蝙蝠《こうもり》、ああ、いやらしき毛の生えた鳥、歯のある蛾《が》、生きた蛙《かえる》を食うという、このごろこれら魔性《ましょう》怪性《けしょう》のものを憎むことしきり。これらこそ安易の夢、無智の快楽、十年まえ、太陽の国、果樹の園をあこがれ求めて船出した十九の春の心にかえり、あたたかき真昼、さくらの花の吹雪を求め、泥の海、蝙蝠の巣、船橋とやらの漁師まちより髭《ひげ》も剃らずに出て来た男、ゆるし給え。」
 痩躯《そうく》、一本の孟宗竹《もうそうちく》、蓬髪《ほうはつ》、ぼうぼうの鬚、血の気なき、白紙に似たる頬、糸よりも細き十指、さらさら、竹の騒ぐが如き音たてて立ち、あわれや、その声、老鴉《ろうあ》の如くに嗄《しわが》れていた。
「紳士、ならびに、淑女諸君。私もまた、幸福クラブの誕生を、最もよろこぶ者のひとりでございます。わが名は、狭き門の番卒、困難の王、安楽のくらしをして居るときこそ、窓のそと、荒天の下の不仕合せをのみ見つめ、わが頬は、涙に濡れ、ほの暗きランプの灯にて、ひとり哀しき絶望の詩をつくり、おのれ苦しく、命のほどさえ危き夜には、薄き化粧、ズボンにプレス、頬には一筋、微笑の皺《しわ》、夕立ちはれて柳の糸しずかに垂れたる下の、折目正しき軽装のひと、これが、この世の不幸の者、今宵死ぬる命か、しかも、かれ、友を訪れて語るは、この生のよろこび、青春の歌、間抜けの友は調子に乗り、レコオド持ち出し、こは乾杯の歌、勝利の歌、歌え歌わむ、など騒々しきを、夜も更《ふ》けたり、またの日にこそ、と約した、またの日、ああ、香煙|濛々《もうもう》の底、仏間の奥隅、屏風《びょうぶ》の陰、白き四角の布切れの下、鼻孔には綿、いやはや、これは失礼いたしました。幸福クラブ誕生の日に、かかる不吉の物語、いや、あやまります、あやまります。さて、この暗黒の時に当り、毎月いちど、このご結構のサロンに集《つど》い、一人一題、世にも幸福の物語を囁《ささや》き交わさむとの御趣旨、ちかごろ聞かぬ御卓見、私たのまれもせぬに御一同に代り、あらためて主催者側へお礼を申し、合せてこの会、以後休みなくひらかれますよう一心に希望して居ることを言い添え、それでは、私、御指命を拝し、今宵、第一番の語り手たる光栄を得させていただきます。(少し前置きが長すぎたぞ! など、二、三、無遠慮の掛声あり。)私、ただいま、年に二つ、三つ、それも雑誌社のお許しを得て、一篇

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