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列車 (p3/4)
はないか。私は最早、そのようなひまな遊戯には同情が持てなかったので、君も悧巧《りこう》になったね、君がテツさんに昔程の愛を感じられなかったなら、別れるほかはあるまい、と汐田の思うつぼを直截《ちょくせつ》に言ってやった。汐田は、口角にまざまざと微笑をふくめて、しかし、と考え込んだ。
 それから四五日して私は汐田から速達郵便を受け取った。その葉書には、友人たちの忠告もあり、お互の将来のためにテツさんをくにへ返す、あすの二時半の汽車で帰る筈《はず》だ、という意味のことがらが簡単に認《したた》められていた。私は頼まれもせぬのに、テツさんを見送ってやろうと即座に覚悟をきめた。私にはそんな軽はずみなことをしがちな悲しい習性があったのである。
 あくる日は朝から雨が降っていた。
 私はしぶる妻をせきたてて、一緒に上野駅へ出掛けた。
 一〇三号のその列車は、つめたい雨の中で黒煙を吐きつつ発車の時刻を待っていた。私たちは列車の窓をひとつひとつたんねんに捜して歩いた。テツさんは機関車のすぐ隣の三等客車に席をとっていた。三四年まえに汐田の紹介でいちど逢ったことがあるけれども、あれから見ると顔の色がたいへん白くなって、頤《あご》のあたりもふっくりとふとっているのであった。テツさんも私の顔を忘れずにいて呉れて、私が声をかけたら、すぐ列車の窓から半身乗り出して嬉しそうに挨拶をかえしたのである。私はテツさんに妻を引き合せてやった。私がわざわざ妻を連れて来たのは妻も亦《また》テツさんと同じように貧しい育ちの女であるから、テツさんを慰めるにしても、私などよりなにかきっと適切な態度や言葉をもってするにちがいないと独断したからであった。しかし、私はまんまと裏切られたのである。テツさんと妻は、お互に貴婦人のようなお辞儀を無言で取り交しただけであった。私は、まのわるい思いがして、なんの符号であろうか客車の横腹へしろいペンキで小さく書かれてあるスハフ[#「スハフ」は横組み] 134273 という文字のあたりをこつこつと洋傘の柄でたたいたものだ。
 テツさんと妻は天候について二言三言話し合った。その対話がすんで了うと、みんなは愈々《いよいよ》手持ぶさたになった。テツさんは、窓縁につつましく並べて置いた丸い十本の指を矢鱈《やたら》にかがめたり伸ばしたりしながら、ひとつ処をじっと見つめているのであった。私はそのような光景を見て居れなかったので、テツさんのところからこっそり離れて、長いプラットフオムをさまよい歩いたのである。列車の下から吐き出されるスチイムが冷い湯気となって、白々と私の足もとを這《は》い廻っていた。
 私は電気時計のあたりで立ちどまって、列車を眺めた。列車は雨ですっかり濡れて、黝《あおぐろ》く光っていた。
 三輛目の三等客車の窓から、思い切り首をさしのべて五、六人の見送りの人たちへおろおろ会釈している蒼黒《あおぐろ》い顔がひとつ見えた。その頃日本では他の或る国と戦争を始めていたが、それに動員された兵士であろう。私は見るべからざるものを見たような気がして、窒息しそうに胸苦しくなった。

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