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トップ > 太宰Web文庫 > 未帰還の友に
未帰還の友に (p4/10)
。上野から吉祥寺まで、省線で一時間かかる。そうすると、往復だけで既に二時間を費消する事になる。あと一時間。それも落着きの無い、絶えず時計ばかり気にしていなければならぬ一時間である。意味無い、と僕はあきらめた。
「公園でも散歩するか。」泣きべそを掻《か》くような気持であった。
 僕は今でもそうだが、こんな時には、お祭りに連れて行かれず、家にひとり残された子供みたいな、天をうらみ、地をのろうような、どうにもかなわない淋《さび》しさに襲われるのだ。わが身の不幸、などという大袈裟《おおげさ》な芝居がかった言葉を、冗談でなく思い浮べたりするのである。しかし、君は平気で、
「まいりましょう。」と言う。
 僕は君に軍刀を手渡し、
「どうもこの紐《ひも》は趣味が悪いね。」と言った。軍刀の紫の袋には、真赤な太い人絹の紐がぐるぐる巻きつけられ、そうして、その紐の端には御ていねいに大きい総《ふさ》などが附けられてある。
「先生には、まだ色気があるんですね。恥かしかったですか?」
「すこし、恥かしかった。」
「そんなに見栄坊《みえぼう》では、兵隊になれませんよ。」
 僕たちは駅から出て上野公園に向った。
「兵隊だって見栄坊さ。趣味のきわめて悪い見栄坊さ。」
 帝国主義の侵略とか何とかいう理由からでなくとも、僕は本能的に、或《ある》いは肉体的に兵隊がきらいであった。或る友人から「服役中は留守宅の世話|云々《うんぬん》」という手紙をもらい、その「服役」という言葉が、懲役《ちょうえき》にでも服しているような陰惨な感じがして、これは「服務中」の間違いではなかろうかと思って、ひとに尋ねてみたが、やはりそれは「服役」というのが正しい言い習わしになっていると聞かされ、うんざりした事がある。
「酒を飲みたいね。」と僕は、公園の石段を登りながら、低くひとりごとのように言った。
「それも、悪い趣味でしょう。」
「しかし、少くとも、見栄ではない。見栄で酒を飲む人なんか無い。」
 僕は公園の南洲の銅像の近くの茶店にはいって、酒は無いかと聞いてみた。有る筈《はず》はない。お酒どころか、その頃の日本の飲食店には、既にコーヒーも甘酒も、何も無くなっていたのである。
 茶店の娘さんに冷く断られても、しかし、僕はひるまなかった。
「御主人がいませんか。ちょっと逢いたいのですが。」と僕は真面目《まじめ》くさってそう言った。
 やがて出て来た頭の禿《は》げた主人に向って、僕は今日の事情をめんめんと訴え、
「何かありませんか。なんでもいいんです。ひとえにあなたの義侠心《ぎきょうしん》におすがりします。たのみます。ひとえにあなたの義侠心に、……」という具合にあくまでもね

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