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冬の花火 (p4/22)
(数枝) 睦子をおぶって?
(伝兵衛) そうだろう。
(数枝) 重いでしょうにねえ。あの子は、へんに重いのよ。いやにおばあちゃんになついてしまって、いい気になってへばりついてる。
(伝兵衛) お前の小さい時によく似ている。(改まった顔つきになり、強い語調で)あさは、あの子をほしいと言っているのだが。
(数枝)(顔をそむけ)ばかな。
(伝兵衛) いや、まじめに言ってる。まあ、聞け。あさが、ゆうべ、(かすかに苦笑を浮べて)おれにまじめに相談した事だ。栄一の事はもうあきらめている。戦地からのたよりが無くなってから、もう三年|経《た》つ。あれの部隊が南方の何とやらいう小さい島を守りに行ったという事だけは、わかっているが、栄一はいま無事かどうか、さっぱりわからぬ。あきらめた、とあさは言っている。ちょうどいい具合いにお前が睦子を連れて東京から帰って来た。しかし、お前にはもう内緒の男があるらしい。またすぐ東京へ行ってしまうつもりだろう。まあ、黙って聞けよ。それはお前の勝手だ。好きなようにしたらいいだろう。しかし、睦子は置いて行ってもらえまいか。
(数枝)(また異様な笑声を発して)本気でおっしゃったの? そんな馬鹿な事を、まあ、お母さんもどうかしてるわ。もうろくしたんじゃない? ばかばかしい。
(伝兵衛) もうろくしたのかも知れない。おれだって、ばかばかしい話だと思った。しかし、あれはまじめにそんな事を考えているようだ。お前がこれから、いまのその、亭主だか色男だかのところへ引上げて行くにしても、睦子がついているんでは、この後、その男との間に面白くない事が起るかも知れない。お前もまだ若いのだから、これから子供はいくらでも出来るだろう。とにかく睦子は、この家に置いて行ってもらいたい、と言うのだが、あれとしては、いろいろ考えた末の名案のつもりなのだろう。お前のためにも、それが一ばんいいと考えているらしい。
(数枝) 余計なお世話だわ。
(伝兵衛) そうだ。余計なお世話にちがいない。しかし、お前のように、ただもう、あさを馬鹿にして、……。
(数枝)(皆まで聞かず)そんな事、そんな事ないわ。ねえ、お父さん。生みの親より育ての親、と言うでしょう? あたしの生みの母は、あたしが今の睦子よりももっと小さい時になくなって、それからずっといまのお母さんに育てられて来たのですもの、あとでひとから、あれはお前の継母《ままはは》で、弟の栄一とは腹ちがいだなんて聞かされてもあたしは平気だったわ。継母だって何だってあたしのお母さんに違いないのだし、腹ちがいでも栄一はやっぱりあたしと仲のよい弟だし、そんな事はちっともなんにも気にならなかった。だけど、あたしが女学校へ行くようになってから、何だか時々ふっと淋《さび》しく思うようになったの。だって、お母さんは、あんまりよすぎるんだもの。一つも欠点が無いんだもの。あたしがどんなわがままを言っても、また、いけない事をしても、お母さんは一度もお叱《

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