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東京だより (p2/3)
 東京は、いま、働く少女で一ぱいです。朝夕、工場の行き帰り、少女たちは二列縦隊に並んで産業戦士の歌を合唱しながら東京の街を行進します。ほとんどもう、男の子と同じ服装をしています。でも、下駄《げた》の鼻緒《はなお》が赤くて、その一点にだけ、女の子の匂《にお》いを残しています。どの子もみんな、同じ様な顔をしています。年の頃さえ、はっきり見当がつきません。全部をおかみに捧げ切ると、人間は、顔の特徴も年恰好《としかっこう》も綺麗《きれい》に失ってしまうものかも知れません。東京の街を行進している時だけでなく、この女の子たちの作業中あるいは執務中の姿を見ると、なお一層、ひとりひとりの特徴を失い、所謂《いわゆる》「個人事情」も何も忘れて、お国のために精出しているのが、よくわかるような気がします。
 つい先日、私の友人の画かきさんが、徴用されて或《あ》る工場に勤める事になり、私はその画かきさんに用事があったので、最近三度ばかり、その工場にたずねて行きました。用事というのは、こんど出版される筈《はず》の私の小説集の表紙の画をかいてもらう事でしたが、実は、私はこの画かきさんの画を、常々とても馬鹿にしていて、その前にも、この画かきさんが、私の小説集の表紙の画をかいてみたいと幾度も私に申出た事があったのに、私は、お前なんかに表紙の画をかかせたら、それでなくても評判の悪い私の本は、一層評判が悪くなって、ちっとも売れなくなるにきまっているから、まあ、ごめんだ、と言って、はっきりお断りして来ていたのでした。実際、そのひとの画は、下手《へた》くそでした。けれども、こんど工場へはいり、いまこそ小説集の表紙の画を、あらたな思いで書いてみたい、というひどく神妙な申出に接して、私は、すぐに彼の勤めている工場へ画をかいてくれ、と頼みに出かけたのです。画が下手だってかまわない。私の小説集の評判が悪くなったってかまわない。そんな事はどうだっていい。私なんかのつまらぬ小説集の表紙の画をかく事に依《よ》って、彼の徴用工としての意気が更にあがるというならば、こんなに有難い事は無い。私は彼の可憐なお便りを受取って、すぐに彼の勤め先の工場に出かけた。彼は大喜びで私を迎えてくれて、表紙の画に就いての彼の腹案をさまざま私に語って聞かせた。どれも、これも結構でなかった。実に、陳腐《ちんぷ》な、甘ったるいもので、私はあっけにとられたが、しかし、いまの此《こ》の場合、画のうまいまずいは問題でない。私のこんどの小説集は、彼の画のために、だめになってしまうかも知れないが、でも、そんな事なんか、全くどうだっていいのだ。男子意気に感ぜざればとかいう言葉があったではないか。彼は、そのつまらぬ腹案を私に情熱を以《もっ》て語って聞かせ、またその次には、さらにつまらぬ下書の画を私に見せ、そのために私は彼からしばしば呼出しを受けて、彼の工場に行かなければならなくなったのです。
 工場の門をくぐって、守衛に、彼から来た葉書を示し、事務所へはいると、そこに十人ばかりの女の子が、ひっそり事務を執《と》っています。私は、その女の子のひとりに、来意を告げ、彼の宿直の部屋に電話をかけてもらいます。彼は工場の中の一室に寝起きしているのであって、彼の休憩の時間は彼の葉書に依ってちゃんと知らされていますから、私はその彼の休み時間に、ちょっと訪問するというわけなのであります。彼が事務所にやってくるま

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