地図 (p2/6) 琉球、首里の城の大広間は朱の唐様の燭台にとりつけてある無数の五十匁掛の蝋燭がまばゆい程明るく燃えて昼の様にあかるかつた。まだ敷いてから間もないと思はれる銀べりの青畳がその光に反射して、し[#「し」に「(ママ)」の注記]き通るやうな、スガ/\しい色合を見せて居た。慶長十九年。内地では豊臣の世が徳川の世と変つて行かうとして居る時であつた。首里の名主といはれて居る謝源は大広間の上座にうちくつろいで座つて居た。謝源のすぐ傍に丞相の郭光はもう大分酩酊したやうにして膝をくづして、ひかへて居た。やゝ下つて多くの家来達がグデングデンに酔つぱらつてガヤ/\騒ぎたてて居た。広間の四方の障子はスツカリ取り払はれ、大洋を拭ふて来る海風は無数の蝋燭の焔をユラユラさせながら気持ちよく皆の肌に入つて行くのであつた。十月といつても南国の秋は暑かつた。 謝源は派手な琉球絣の薄ものをたつた一枚身にまとひ、郭光の酌で泡盛の大杯をチビリ、チビリと飲んで居た。謝源は今宵程自分といふものが大きく思はれた時はなかつた。その為か彼は今迄の苦い戦の味もはや忘れてしまつたやうになつて居た。五年の長い歳月を費し、しかも大敗の憂目を見ること三度、やうやうにして首里よりはるか遠くの石垣島を占領したあの苦しみも忘れてしまふ程であつた。 石垣島は可成大きい国であつた。そして兵も十分に強かつた。チヨツとした動機から彼は石垣島征服を思ひ立ち、直ちに大兵を率ゐて石垣島を攻めたのであつた。石垣島の兵はよく戦つた。そして外敵を三度も退りぞけることが出来た。謝源は文字通りの悪戦苦闘を続けた。併し彼は忍耐強かつた。ジリジリ石垣島を攻めたてた。五年の年月を過し、遂に石垣島を陥し入れたのは、つい旬日前のことであつた。首里に凱旋して来た謝源は今夜の宴を開いたのであつた。彼は満足げに大杯を傾けて居た。彼は下座で騒いで居る家来達をズツと見廻した。その時の彼の眼には、もう家来なんぞは虫けらのやうに見えて、しやうがなかつた。フイと首を傾けて外を眺めた。暗い晩であつた。まだ月が出るには間があるのか、たゞまつくらで空と大地との区別すらつかない程であつた。彼はその空を見て居るうちにもう、その空までも自分が征服してしまつたやうな気がした。勝つた者の喜び※[#感嘆符二つ、1-8-75] 彼はそれを十二分に味つて居た。 ジーと暗い空の方を眺めて居た。彼はフト空のスグ低い所に気味の悪い程大きな星がまばたきもせず黙つて輝いて居るのを見た。 「大きい星だナ」彼は何気なくつぶやいた。郭光はその王の独りごとを耳に聞きはさんだ。「どれ、どれ、どこにその星が……」郭光はおかしみたつぷりにそう言つた。謝源はそれを聞いて微笑みながら、だまつてその星のある方を指さした。郭光は「ウム、ななーる程これア大きい星ぢや。何といふ星ぢやらう。うらめしそうに、わしの方を見て居りますナ。王、あれア石垣の、やつらがくやしがつてあの様ににらめて居るので御座らう」ヒヨウキン者の郭光は妙な口調でこういつた。そしてその星に向つて、「ヤイ/\いくさに負けて、くやしいだらう」とやゝ高声に変なフシをつけて叫んだ。謝源も、これを聞いた家来の一部のものも、あまりのオカシさに笑ひこけてしまつた。その瞬間その大きな気味の悪い星が不吉を予
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