ア、秋 (p3/3) る。これを書きこんだときは、私は大へん苦しかった。いつ書きこんだか、私は決して忘れない。けれども、今は言わない。 捨テラレタ海。と書かれてある。 秋の海水浴場に行ってみたことがありますか。なぎさに破れた絵日傘が打ち寄せられ、歓楽の跡、日の丸の提灯《ちょうちん》も捨てられ、かんざし、紙屑、レコオドの破片、牛乳の空瓶、海は薄赤く濁って、どたりどたりと浪打っていた。 緒方サンニハ、子供サンガアッタネ。 秋ニナルト、肌ガカワイテ、ナツカシイワネ。 飛行機ハ、秋ガ一バンイイノデスヨ。 これもなんだか意味がよくわからぬが、秋の会話を盗み聞きして、そのまま書きとめて置いたものらしい。 また、こんなのも、ある。 芸術家ハ、イツモ、弱者ノ友デアッタ筈《はず》ナノニ。 ちっとも秋に関係ない、そんな言葉まで、書かれてあるが、或いはこれも、「季節の思想」といったようなわけのものかも知れない。 その他、 農家。絵本。秋ト兵隊。秋ノ蚕《カイコ》。火事。ケムリ。オ寺。 ごたごた一ぱい書かれてある。
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