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藩政時代の森林事業

様々な効果を発揮するひばの香りやヒノキチオール
青森県弘前市文化センター前にある津軽藩祖津軽為信公銅像。

「津軽藩祖為信の時代に林政に関する方針がたてられ、(中略)地元村民をして植栽と保護に当らせ、しかもその恩恵に浴させる事で、いわゆる「国利民福」を図ることを大眼目としたのであった。(中略)4代目信政によって天和・貞享年間には田畑山林の制度が備わり、米に次ぐ藩の財源としての材木管理についても、制度が整い、その後しばしば改正はあったが、我が国三大美林の一たる津軽桧林を有し、林政の模範だといわれる制度が明治まで維持された。」(「弘前市史 藩政編」より抜粋)

徳川幕府が天下平定後、参勤交代制を定めた後は、海運・陸運ともに自然に交通が頻繁となります。また、江戸藩邸の諸入費は租米のみでは賄えなくなったこともあって、御用材が多く伐られ、十三・蟹田・今別の諸港から積出されるようになりました。
その後、二代信枚は弘前城新築のために、石川・蔵舘の二山を切り尽くし、城郭、神社仏閣及び城下町建設の主な用材としました。その他、南部藩への防備などの用材も近くの山から伐り運ばれ衰山のきざしが顕著に。四代信政は、寛文四年(1664)七月に、外ヶ浜中へ留山のことについて山廻役人に訓令を発し、同八月には藩として正式に留山の制が施かれるなど、次第に林政に留意するようになりました。留山とは、江戸時代に山林保護のため狩りや伐木を禁じた山のことです。

山林の種類は、性質から本山・田山・見継山・仕立見継山・立山・抱山と分類できます。
本山は、純然たる藩有林で山方役所の管理。その後山下村民にまかせ、随時山方役人を派遣し、荒蕪の有無を検査させました。特に盗伐には厳刑で臨み、もし犯人不明の時にはその村の責任怠慢を問うものとしました。従って、山下村民は一心に保護監視に当たりましたが、一方藩においてもその代償として、副産物及び薪炭材その他用材を伐採する利益を与えていました。しかし、これは、明山の場合に限り、留山のときには一切領民の出入を禁じています。
田山は、専ら水源涵養の目的を以て造林したもので、山奉行でなく郡奉行の管理。官地民木林、すなわち官地における地元住民の自費植栽した森林ですが、その官用たると私用たるとを問わず、立ち木の伐採を禁じていました。
見継山は、官地民営林、すなわち官山伐採跡地に自生した稚樹、或は樹芸方に於て栽植した苗木の保護監視を、藩から数年間山下村民の一人もしくは全村或は数ヶ村に命じ、期間後その村民の監護に委す事を認めたものです。その監護に対する報酬として、将来経営上の妨害とならない範囲で自家用材その他副産物の随時採取等を許可。しかし、その用材に対しては代金を上納させ、炭竈設置の場合はこれに対する役銭を納付させます。また伐採跡地には周り二尺以上の杉一本に対し、小杉五本を代植させていました。
仕立見継山は、見継山のように藩から命令されたものではなく、領民の請願によるもの。主として官山の伐採跡地又は空地に、自費植栽を願い出て藩の許可を得て植林し、その管理の成績が良い場合には、植付の半分又は三分の一を領民の所有とする旨の証文を下付しました。しかし、売買譲渡は自由に行わせず、立木伐採に当っては、その都度藩の許可を得させるばかりでなく、藩がもし過度と認める場合には出願本数を減じさせました。また、伐採した材木は、すべて藩の鎚印を押印した後でなければ、使用も販売も許さず、もし勝手に伐採して禿山となった時には忽ち証文を取上げ、その違反者は再び栽植を許さない厳しさもありました。なお、藩用として、伐採した木材に対しては、代金を下付していませんでした。
立山は天然の山林ではなく、伐採或は山火事等によって裸になった山地へ植栽、又は原野へ造林したものの総称。桧仕立・杉仕立・漆仕立・雑木仕立等種々ありました。従って、その指定地に対しては、一本の木といえども伐採を許さないばかりでなく、その周囲に田畑を開く事も禁じていました。 抱山は私栄林である。その証文は藩より一々抱山証文があればその売買譲渡は自由。しかし、その伐木については自由でなく、藩の許可を得なければならず、その伐採樹種が桧・杉の時には一本に対して苗木十本の代植を命ぜられ、数年の後に藩吏の検証を受けるという制約がありました。雑木であっても、その伐採量が多く、広大な空地を残すような場合には、一本に対して杉五本の植栽を命じました。更に、全山の伐採は勿論厳禁であって、この禁を犯したものはたちまち藩に没収。また、藩の許可を得て伐採した材木は、藩庁の検印を得た後でなければ直ちに売買使用することが出来ませんでした。地租は三百坪につき銀一分、三万坪までを限度とし、其余は幾坪あっても地租を減免。しかし、炭竃については役銭を納めた例がなく、藩用として伐採したものには、時の相場を以て買上げています。



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