金木町出身の津軽三味線の始祖、神原の仁太坊が存命中、金木町内の随所で演奏し廻っていたことの史実に沿って、毎年1回開催している演奏会。毎年、「津軽三味線全日本金木大会」の仁太坊賞、白川軍八郎賞等を受賞された方を集めてエキシビジョンを行っています。
平成22年度は、9月11日に開催。本年度仁太坊賞を受賞した葛西頼之さんと、白川軍八郎賞を受賞した武田佳泉さんが出演。熱気ほとばしる公演で、観客を楽しませていました。
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本名・秋元仁太郎は、江戸末期の安政四年(1857)7月7日、金木村神原に貧しい船渡しの子どもとして誕生。生後間もなく母を失い、疱瘡のため8歳で失明。さらに、11歳で父を失い、天涯孤独の身となりました。生きる術として三味線を取り、上方から流れてきた盲目の女三味線弾きから手ほどきを受けるなどして修行に励み、21歳の時に『叩き奏法』を生み出しました。その個性的な奏法が津軽一円に知れ渡り、多くの盲目の少年たちが弟子入りに。以後、仁太坊門下八人芸、嘉瀬の桃や白川軍八郎らいった系譜が紡がれていき、今日に至ります。
津軽三味線会館についての詳しい情報は、観光スポット・津軽三味線会館よりご覧下さい。