文豪・太宰治を知る上で欠かせない一冊とされるのが、津島美知子著の「回想の太宰治」です。妻として、作家であり夫である太宰治を支えた著者が、その人間性や生活ぶりなどを描いています。そのなかで、興味深いのが食に関しての記述。太宰の作品では、食べ物の描写も重要な要素となっており、自身も食べ物にこだわりをもっていたそうです。その上で太宰は、食材も料理も津軽のものが一番と、よく言っていたそうです。
その中の一つが「若生(わかおい)昆布」。1年目の春に収穫した、薄くてやわらかい昆布で、煮物などの料理に使うほか、津軽ならではの食べ方なのが、広げた若生昆布でご飯を包み込む「若生おにぎり」です。プツッとはち切れるような歯ざわり、潮の自然なしょっぱさが楽しめるおにぎりで、太宰は夜食によく作ってもらっていたそうです。
豆腐や納豆も好物で、特に好きだったのが津軽発祥といわれる「ひきわり納豆」。昭和10年代当時、東京ではひきわり納豆は一般的に知られておらず、手に入れることができませんでした。美知子さんが初めて金木を訪れた時、兄嫁にお願いをして生揚げや納豆をお土産にもらっていったというエピソードがあり、いかに太宰が豆腐や納豆を好んで食べていたかがうかがい知れます。
かつて林業で潤った金木。ゆえに、森林地帯では豊富な山菜も得ることができます。早春の味覚で代表されるものの一つにタケノコがありますが、津軽では一般的な孟宗竹ではなく、「根曲がり竹」のことを指します。正式にはチシマザサの竹の子で、大きさと太さはアスパラガスくらい。「根曲がり竹は一本一本皮を剥いたり、切ったり手間のかかることで思い出されるもの」という記述が見られ、太宰はこの根曲がり竹と若生昆布を具にした「若竹汁」が好物だったようです。
その根曲がり竹の最盛期から秋にかけて採れる津軽の代表的な山菜「ミズ(ウワバミソウ)」も、きっと太宰は食していたはずです。独特のぬめりがありながら、シャキシャキとした心地良い歯ざわりが特徴。地元では、ほやと一緒に水煮でよく食べられています。山梨県出身で、このミズを知らなかった美知子さんが、深浦の駅で“大きなほうれん草”と間違えたそうですが、その時太宰は「あれはミズというものだ」と教えてあげたそうです。
ほかにも、生家で養鶏を一時期盛んにやっており、鶏肉をさばくのが得意だったために好んで食べた鶏の水炊き、薄い切り身では貧しい食生活のようで気に入らず、いつも直角に厚く切っていた焼魚は、「郷里で食べなれた魚には特別の情熱を抱き、いつも渇望していた様子である」と書かれています。
食べ物に関するこだわりに、ユーモラスな一面が見れる太宰。これら味覚は、今も郷土の食として各家庭で作られているものばかり。観光客も、町内の飲食店や「金木観光物産館マディニー」内のレストラン、津軽鉄道の駅弁などで味わうことができます。